ダメオタクの頽落生態誌
;新曜社;¥2,700(1割引);B6判;縦組;上製;396頁;△++;
当代最良の知性の客員教授としてのインド滞在記。このひとが信じられるとおもふのは、何よりその近代に対する「アンビヴァレントな姿勢」(p.289.)にあると思ふ。一義的な裁断をしない知的誠実のことである。かというて、うぢうぢとしてゐるわけではない。そのヴァイタリティは、本書を一読してもらへればよくわかる筈だ。わづかに訂正を要するかと思うたのはつぎの2点。
久保キリコ(p.81.)→正)玖保キリコ
記紀のなかでも暴虐な天皇である武王の逸話など(p.135.)→これは多分「武烈天皇(第25代)」あたりではないかと思ふ。
若いときに日本によい印象をもってもらうと、数十倍になって帰ってくるといえる。
(p.76.)といふ一節が、いまの私にはいたい。
ビッグコミックス5682;小学館;¥505;B6判;;並製;222頁;△+;
愛憎半ばする感じ。これは、本作が「南くんの恋人」と説話論的におなじ(『文藝』誌秋季号参照)だというたところで説明しおほせるものでもあるまい。あと、ちよつちフェミニズム批評が必要かなあ、といふ感じ。
少年サンデーコミックス5538;小学館;¥390(借覧);新書判;;並製;190頁;△+;
本巻も好調、わづかに訂正を要するかと思うたのはつぎの1点。
まさにボク自信がめがねっ娘と言えますね。(p.97.)→正)自身
ところで私は、「めがねつ娘萌え」といふのが全然わからぬのですが。
BEAM COMIX;エンターブレイン;¥850;A5判;;並製;163頁;△;
;角川書店;¥1,100;A5判;;並製;127頁;○;
私自身は、犬猫愛翫趣味はないし、正直いふとサバ・シリーズにはぴんとこないところもあつたのだけれど、本書は名篇とおもふ。何と言うて説明したらよいか分らぬが(「たをやかな」とか「生活の時間」とか「餘裕派」とかいふやうなことばが頭を去来するのだけれど、かうと言うてまとはづれになるのを非常におそれる)、すばらしい!
◆数年まへの『リテレール』誌で大塚英志が推してゐたのをおもひだす。わたしもつとめて『本の旅人』誌での連載は追つてゐたつもりだつたけれど、まとまつてよむとこんなによいとは思はなかつた。さすがに目ききだなあ。[2000/8/9]
講談社現代新書1508;講談社;¥680(1割引);新書判;縦組;並製;246頁;;
〓は「勢」の異体。また、「隆」は正字だがここでは包摂にしたがふ。この本、おもしろさうなにほひはあるんだけどなあ。
先輩のKさんのお宅に、本を借りにゆく。いろいろとおはなしをうかがふ。Kさんは非常に decent なかたなので、粗相がなかつたか心配。
日本大学文学部国語研究室単刊;新生社;¥200(借覧);B5判(拡大複製);縦組;;83頁(ほかに図版24頁);△+;
かういふと何だけれど――貴重なしごとにはちがひないのだけれど――なーんか偏執的なものを感じるなあ。統一癖といふかねえ。ともあれ眼をとほす機会をあたへてくだしつたKさんに感謝。
;国書刊行会;¥3,900(借覧);A5判;縦2段組;上製;373頁;△;
今昔は結局カット・アップ&リミックスなのだと思ふ。それがうまく表記体研究とからんでくるかどうか。ところで、大学の中央図書館がいま非常な緊縮財政で、エレベーターや冷房やパソコンを(一部)とめてゐるけれど、一体何事だらうか。ありがちでいやな言ひかただけれど、本途に「文化果つる国」といふ感じ。
ハルキ文庫;角川春樹事務所;¥500(1割引);文庫判;縦組;並製;185頁;△;加筆・訂正
はーん、ふーん、さうッスか、といふ感じ。
;三省堂(製作);頒布品(借覧);A5判;第一部[〜252ペ]縦2段組・第二部縦組;上製;471頁;△;
あくが 強い 人だなあ、といふ 感じ。
;大修館書店;¥2,136(借覧);B6判;縦組;上製;320頁;△;
ひやー、よくこんなに沢山のものにめをとほしてるなあ、と感心。
;汲古書院;(借覧);A5判;縦組;上製;676頁;△;
勿論、当今はやりのひねた論がよいといふわけではないし、大曾根氏の学殖はわたくしにはとてもおよびもつかぬものなのだけれど、なーんかどれも常識的でいまひとつな感じ。
『ヤングユー』誌の「雲の上のキスケさん」をたちよみしたンすけど、なんだかAC系はひつてきてる(?) ちよつちヤバげな感じ。
幻冬舎文庫;幻冬舎;¥533(1割引);文庫判;縦組;並製;318頁;△+;
まあ、一定のレヴェルをみたした書き手ではあるよなあ。しかし、裏表紙の宣伝文のおしまひに「名著。」とあるのはどうか。『論座』誌(朝日新聞社)が「堅気の大人のナビゲーター」をうたつてゐるのよりはましだけれど。以下、誤植など。
高畠華宵の挿絵にひかれて買ったが、作者の池田芙蓉は国語学者の池田亀鑑の別名である。(p.73.『馬賊の唄』について)→正)「国文学者」のはうが適切だらう。
中央公論社の世界教養全集『原始仏典』(p.130.)→正)「世界教養全集」は平凡社ぢやなかつたらうか、しかし『原始仏典』は中公の「世界の名著」とかだと思ふ。
檢察記者曾編(p.175.)→正)檢察記者會編
山田赤磨作(p.249.)→正)山田赤麿作
ACTION COMICS;双葉社;各¥533(¥300(2)・¥400(3));B6判;;並製;216頁・208頁;△+;
なんか題名が確信犯的だなあ、と思うて敬遠してゐたのだけれど、藤本由香里が「漫画羅針盤」(『週刊文春』誌)でとりあげてゐたので、古本屋にあつた分だけ、よんでみました。おもしろい(と説明なしでかいておしまひなのが中学生のノートレヴェルだよなあ、まあいいけど)。
文春文庫;文藝春秋;¥419;文庫判;縦組;並製;214頁;△++;
宮部みゆきの解説が非常に真摯。にしても、元本の情報が見あたらないのはどうか。
BIG SPIRITS COMICS SPECIAL 5717;小学館;¥857;A5判;;並製;193頁;△-;
;筑摩書房;(借覧);B6判;縦組;上製;331頁;;
なぜだか頭にはひらなかつた。気づいた誤植はつぎの1点ぐらゐ。
「其の罪は遠く源氏、北条氏の上に出づ」とは自い条、(p.201.)→正)言い条
野口先生、このいひまはし好きッスね。このあたりの頼山陽論は熱のこもつてゐるのが、さすがに分つた。「あとがき」を見ると、丸山真男に、山陽における「天」の考察が甘い、といはれて負けん気を出した成果のやう。むべなるかな。
「Kandata」フォントで、JIS X 0213が全部秀丸エディタ(Version 3.04以降対応の由)上で表示できることを確認。はやくワープロソフトでつかへるやうになつてほしいものである。
鈴木孝夫著作集1;岩波書店;¥3,500(借覧);B6判;縦組;上製;363頁;△;
いやあ、異人だなあ。しかしつぎの心得は重要だとおもふ。
日本の学者というのは、まだあれも読んでいない、これも見ていないと言って、すべてその問題に対する自分との関係を未決、オープンにしておくんです。ところが大抵そのまま死んでしまう。私は今、読んだ、今、聞いた範囲では、これは自分はこうだと考えるというふうに常に決めつけ、結論を出してしまう。それは自分がはっきりするからです。そして、そうじゃない情報が出たときには、それを取り込んで前の意見を変えればいいのです。(後略)(p.290.)
;印刷学会出版部;¥2,000(1割引);B6判;縦組・ただし6章[組版ルール(横組)]のみ横組;上製;276頁;△;
よんでみたのは、「Line Labo's Web Page, East Asian Text Processing」に紹介されていたから。経験に裏うちされた良著とおもふ。ただ、実際発表資料つくつてるときには、いよいよ印刷におよぶときは、もうどうしやうもない修羅場(は大袈裟にしても)で、とても見場に気をくばつてゐられないのである。
;朝日新聞社;(借覧);B6判;縦組;上製;301頁;△;
当然のやうに(?)わたくしは川村湊を莫迦にしてゐるのである。その川村氏が大学に集中講義にきてゐた――無論(?)私はでてゐないけれど――記念(?)と、まあ8月だからといふので目をとほしてみました。斎藤美奈子が、『週刊朝日』誌(だつたか、とにかく朝日新聞社の媒体で)いうてゐたとほり好個のお勉強本ではあります。
りぼんマスコットコミックス 1222;集英社;¥390;新書判;;並製;167頁;△;
ACTION COMICS;双葉社;各¥533;B6判;;並製;213頁・212頁;△+;
不在の中心である『めぐみのピアノ』をひたすら「すごい」「すごい」ともりあげてゆくこのあからさまなレティサンス(闕語法)に、しかしなぜこんなにわたくしははまつてしまふのであらうか。
花とゆめコミックス;白泉社;¥390;新書判;;並製;190頁;△;
異常な設定のなかのラヴ・ストーリー、といふ〈いかにも白泉社〉なマンガ。しかし表題作の、お坊ちやんと仮面優等生との仲に色男がからんでくる、といふのは、いいンすかね、これ。しかも男の名が「相葉」といふにいたつては……。まあ全然別なはなしではありますが。ちなみにこれをよんでみたのは「漫画に関するWebページ「OHP」」にふれてあつたから。つくづく他者の慾望を摸倣(ジラール)していきてるな、オレ。
;平凡社;¥1,700(借覧);新書判;縦組;上製;435頁;△;
県立図書館で『群像』『新潮』2誌をみる。『新潮』誌の「文芸時評」子、今期は川端香男里で、なかなかよみやすかつたです。かへりに観音の花いち古書店でマンガ2冊、フタバ図書で『電撃王』『アニメージュ』『メロディ』3誌を買ふ。『アニメージュ』誌の「人生綱渡り」が最終回、結局あさりよしとおの厖大な〈動画的記憶〉はほとんどいかされることなくをはつてしまつたなあ。
ビッグスピリッツコミックススペシャル;小学館;¥1,100(¥660);A5判;;上製;177頁;△;
本作に比すると『犬あそび』はちよつと枯淡すぎな感じ。本巻でおしまひかと思うたらまだあるやうで、うれし。
ASPECT COMIX;アスキー(発行所)・アスペクト(発行元);¥880(¥550);A5判;;並製;177頁;△-;
やつぱりある程度ながさのあるもののはうがおもしろいね。
;日本エディタースクール出版部;¥2,200(借覧);B6判;縦組;上製;306頁;△;
タイトルからもつと濃厚なものを想像しちまつたぢやないか。
シリーズ 現代批判の哲学;青木書店;¥2,200(借覧);B6判;横組;上製;222頁;△+;
バクシーシ山下大人気(爆) といふのはおいといて(しかし、5・6ページに一度は名前があがつてるんぢやなからうか)、わたくしもおほむね著者のかんがへに同意する。しかしながら、こちらには著者ほどには「セクシュアリティの変革可能性」なぞ期待することはできず、もはや男権主義的セクシュアリティが骨がらみになつてしまつてゐることをふかく自覚する私は女性に恋情をいだくことを――はやくは高校生時分に小倉千加子『風を野に追うなかれ』をみたときに、本格的には(本書で批判対象のひとつとなつてゐるが)上野千鶴子『発情装置』をよんだときに――みづからに禁じてきたのである。かくしてインポはますますインポになり、〈性的強者〉は男性神話をあたらめることなく地にはびこることだらう(ことほど左様に実効性のない言論は罪つくりなものでもある、著者はよろしく全ポルノグラフィ誌に広告を出すぐらゐすべきであろう)。
ところでこの本は、著者が真面目なだけかへつてをかしいといふトンデモ本になつてゐる気味あひがないではない。つつこみとして不充分だろうがつぎの2点ほど紹介しておく。
瀬地山は、ポルノによるセックス豊富化効果を無邪気に信じているようだが、むしろポルノによってセックスがきわめて貧しいものになっている現実を考えるべきである。今日のAVの多くはレイプ映像である(著者が中古ビデオ屋で調べたところ、その6-7割がそうしたものと判断された)。(後略・強調引用者)(p.105.)
いい大人が何やつてんだか。つーか、実際の光景を想像するとかなりアブナイ。(この数字妥当なのか? 博雅の士の示教をこひたい。)
私は上に売春は性的侵害を模していると言ったが、その場合、売春サービスが痴漢行為やセクハラ、強姦等を直接に模していると言いたかったのではない。昨今はそうしたサービスを提供する性産業があるというが、一般の売春がそれらの設定の下に行なわれるのではない。(注略・後略・強調引用者)(p.173.)
センセー、それつてイメ・クラのことつすか。(念のため、もう一度云うとくけれど私はこの本評価してるンすよ。いやホントに。)
◆2000/8/18を参照のこと。[2000/8/18]
敗戦の記念に本サイトの全文検索を設置。
どういふわけだか分らないのだけれど、もとからはひつてゐたのではなくて、あとから私が自分でインストールしたフォントがみなつかへなくなつてゐる。対処法も分らぬ。どうしたものか。
◆マイクロソフトのサポート技術情報「W98:TrueTypeフォントの表示が不正」(文書番号J051382)の指示によつて、損傷したWindowsフォルダのttfCacheファイルを削除して、無事解決。[2000/8/16]
;産業図書;¥2,575(¥1,300);B6判;縦組;上製;367頁;△;
;桜楓社;(借覧);A5判;縦組;上製;348頁;△;
結論がどこまでただしいかは別として大切な為事だとは思ふ。ただ(私は2度それをみただけだけれど)、自分のフィールドができあがつてしまふと何にでもそこから横槍をいれる(?)やうになるといふのは、かなしいものだと思ふ(不親切な書きかただけれどこれで勘辧)。
;沖積舎;¥1,456(1割引);A5判;縦組;並製;101頁;△;
歌集。かういふ撰択をするのは自分のセンスのなさをさらけだすやうでいやだけれど(何をいまさら)、1首だけひいておく。
眠くない? 眠くない? と首曲げてひとつ覚えの
鸚哥 のように(p.31.)
だけど、第1歌集『シンジケート』のおもしろいところは本集にはあまりひきつがれてないんぢやないか。
;洋泉社;(借覧);B6判;縦組;上製;233頁;△;
「イナカモノおことわり」ちふ感じ。すいませんでしたぁ、とひきさがる。
;新曜社;¥5,500(借覧);A5判;縦組・ただしコメント部分は縦2段組;上製;632頁;△;
ま、こんなもンすかね。
;洋泉社;¥2,800(借覧);A5判;縦組;上製;183頁;△+;
hi‐storyのなんのというても誠実な再構にまさるものなしである。まあ、保立氏のセンスがいいからよむにたえるのだけれど。
Être★エートル叢書(7);現代思潮社;¥2,800(1割引);B6判;縦組;上製;260頁;△;
いまの私の関心からいふと、IIIにをさめられた宣長=小林秀雄関係の論考が重要。これで、丸山=ソシュールや村井紀ははふむりさられたなあ(というても、実はよく理解できてないのだけれど)。
;リブロポート;¥1,339(¥500);B6判;縦組;並製;296頁;△+;
明治期に「美人罪悪論」なんて倫理観があつたことからしてしらなかつたから、まづ機先を制されてその先もずいずいとおもしろくよめました。もつとも「美人罪悪論」も実社会に対するプレッシャーを、なにほどももたなかった
(p.268)らしいけれど。
;大日本雄辯會講談社;¥5,000(借覧);A5判;縦組;上製;1066頁;;
一見了。
角川文庫ソフィア(角川文庫10390);角川書店;¥520(¥200);文庫判;縦組;並製;318頁;△;
タイトルのうち「読みもの」は角書。このところの廁上の書、もつとも夏はいけねえやね。
ぺりかん社;¥5,700(借覧);A5判;縦組;上製;394頁;△+;
この本を2年(だつたか)まへ(のやはり夏だつたか)に手にしたのは小谷野敦が(多分『男であることの困難』(新曜社)のなかで)推してゐるのを見たからだつた。当時漱石の『彼岸過迄』と『行人』とをよむ演習にでてゐた私は、しかしそれとは無関係に『ユリイカ』誌の太宰治特集で小森陽一をボロクソに言うた小谷野氏のエッセイをよんで「いーぞお、いーぞお」と思ひ、ほかにこの人はどんな本を書いてるのかしらん、と思うてOPACで検索をかけてみたところ、ヒツトしたのはすでに借りてゐたもののつんだままになつてゐた『夏目漱石を江戸から読む』(中公新書)で、あわててよみ、つづけて『〈男の恋〉の文学史』(朝日選書)『男であることの困難』の順によみ、思想や理論といふものに対するスタンスのとりかた/その使ひかたに絶妙のものを感じてすつかりとりこになつて、はては『八犬伝綺想』(福武ブックス、とかいふシリーズだつたと思ふ。現ちくま学芸文庫)までよんで、『行人』における〈男の世界〉といふ発表をまとめて、天晴れ場内の爆笑喝采を頂戴したのだつた。(←過去は美化されやすいねえ。さて、ここまでの記述で筆者が何がいひたいかといふと、要は「『もてない男』(ちくま新書)からのミーハーぢやねえぞ」といふことだらう。勿論『もてない男』も発売時(卒論提出直前!)に渇をいやすやうによんだけれど。)
前回は第4章の途中でダウンしたのだけれど、そこまででも徳川政権の公認イデオロギーだつた(林家)朱子学的宇宙を破砕した徂徠といふ丸山的――さういへば8月15日は丸山眞男のなくなつた日でもあつた――
『文学界』誌をよんどきたくなつて市立中央図書館にゆくことにする。6日ぶりにひげをそる。で、よみました。〓{糸|圭}[JIS X 0213での区点コードは1-90-3]秀実「漱石と天皇」のp.161b.の漱石の日記の引用中で「中心より」といふところ、〓{糸|圭}[JIS X 0213での区点コードは1-90-3]氏は「中心」にママをふつて「心中の誤記か」と注しているけれど、これは「衷心より」の異表記だらう(誤記ではなくつて)。だいたい変体仮名と踊り字とを混同してゐるやうな(『日本近代文学の〈誕生〉』(太田出版)の凡例を見よ)料簡の人間に明治文学をファロスの何のと言はれても困るんである。あと、中条省平の谷崎論、千葉一幹「クリニック・クリティック」、新人小説月評、坪内祐三「文学を探せ」(だつたか)などみる。今月は高橋源一郎がのつてゐないので小説はよまぬ(つて、何のための文芸誌か)。さういへば、巻末の「お知らせ」でやはり休載の浅田彰「音楽の手帖」←このうけ括弧がおちてましたよ(つて、だからだれに云うてゐるのか)。
;岩波書店;¥2,600(借覧);B6判;縦組;上製;218頁;△;
ヤングユーコミックスワイド版;集英社;¥838(¥400);A5判;;並製;195頁;△;
;河出書房新社;¥1,200(¥400);B6判;縦組;上製;125頁;;
わけわからん。何で買うたかといふと、〓{糸|圭}[JIS X 0213での区点コードは1-90-3]氏が、どこかの座談会「1998年文学の収穫」ちふやうなので3位にあげてゐて、まあオレもJ文学とやらをよんどいてみるかなあ、と思つたからでした。ゲンイチローさんはバーセルミだと「退屈な読書」(『週刊朝日』誌)でいうてたかなあ。でもバーセルミもよんだことないツス、オレ。手もちの参照系でひつかかるのは、……「夢十夜」?
;大修館書店;¥1,600(借覧);B6判;縦組;上製;218頁;△;
この「であふ」といふの、いやらしくつてきらひ。この語をこんなつかひかたをするのは、「世界うるるん滞在記」の悪影響ぢやないかしら。『〈ゆらぎ〉の日本文学』(NHKブックス)なんちふ愚著をかいた御仁だから今度はどんな「国語」批判をしてるのだらうか、と思うてゐたら小森氏の言語形成過程
(p.216.)を、きれいすぎるきらひはあるけれど、まあよみよく書いてありました。だれかのいうたやうに〈母語のなかでどもること〉が文学者のあらまほしき資質だとすれば、小森氏の捷利ははじめから約束されたも同然だつたのです(あー、ひでえ文章書いてんな、オレ)。
;毎日新聞社;¥1,600(借覧);B6判;縦組・ただし第三、四章(pp.170-263.)は縦2段組;上製;263頁;△;
花とゆめCOMICS;白泉社;¥390;新書判;;並製;190頁;△;
ちかごろは、コミックスにビニールカヴァーをかけてしまふからなかがみえなくても興味をもつてもらへるやう惹句を工夫してゐるといふけれど(橋本直也『コミックマニュアル』ミオシン出版)、この本のジャケット裏の「狼には気をつけて」シリーズ第6話〜第10話。よみきり「お星さまプリーズ」を同時収録。
といふのはやる気なさすぎねーか。なんといふか、(私みたやうな)固定客あひての商売なんだらうか。まへに、何で少女マンガはかうも人生についてかんがへてるのだらうか、といふやうなことを書いたけれど、このひとの「説教」は別格。絵は、はつきりいうてうまいといふはうぢやないけれど、物語の王道/骨法といふものをわきまへたうへでのコメディの名手である。初期の佳品が絶版なのは非常に残念。
ちくま学芸文庫;筑摩書房;¥880(1割引);文庫判;縦組;並製;230頁;△+;
もつぱらあるきながらよんだ。どうしてしかし、筑摩からでたンすかね(そして新潮はなんでいまになつて『戦後史の空間』なンすかねぇ)。当代一のディレッタント作家
(『作家の値うち』)久世光彦のカッチョイー解説「妖刀伝説」つき。
ぶ〜けコミックス27;集英社;¥360(¥100);新書判;;並製;190頁;△;
いや「初期」つすね。
マーガレットコミックス1289・1318;集英社;各¥360(各¥100);新書判;;並製;189・195頁;△;
多分「王道」なんでせうな。しかし、あまりぴんとこない。岡崎京子も絶讃(『くちびるから散弾銃』講談社)だといふに。
ぶ〜けコミックスワイド版264;集英社;¥583(¥350);A5判;;並製;202頁;△++;
ブラヴォ。「軽み」の粋。
ぶ〜けコミックス105,116,121,134,136,145;集英社;各¥360(各¥100、ただし5巻のみ¥200);新書判;;並製;197,182,181,215,190,189頁;△+;
えへら
(1巻 p.8.)とかこんな「コミカル」な表現もするんだなあ。なんか『天然素材でいこう。』+『ここはグリーンウッド』+精神分析(←具体的の作品がおもいつかなかつた)、といふ感じ(あくまで卒読の感として)。
;ふゅーじょんぷろだくと;各¥950(各¥100);A5判;;並製;194,241頁;△-;
PFコミックス291;小学館;B6判;;並製;¥505;220頁;△+;
PFコミックス263;小学館;¥505;B6判;;並製;192頁;△;
到頭三国志かぁ。長丁場にならうけれど、こころゆくまで存分に筆をふるうてほしいものである。
ちくま学芸文庫;筑摩書房;¥1,100(1割引);文庫判;縦組;並製;280頁;×;
子安氏の近業――自『「宣長問題」とは何か』(青土社)至『方法としての江戸』(ぺりかん社)――にはつねづね不満を感じてきた。でも、多分学部の1,2年生のころによんだこの本はよい本だつたと記憶してゐて、それゆゑ今回の文庫化を歓迎し積ん読にせずに目をとほしたわけである。「第一章 「思想史」の虚構」で丸山眞男のマスター・ナラティヴにあらがふことにかける情熱がどこから生ずるのか、前回よんだときも不思議に思うた気がするけれど、いまもわからぬ。しかし今回通読してみて、この人は他人をおとしめながらでなくては、まへにすすんでゆけぬのだ、といふことを感じた(津田左右吉にしても吉川幸次郎にしても、かうまでいはんといてもええやん。しかしかうなると、逆に一種の爽快さすらおぼえたと記憶してゐる『近代知のアルケオロジー』(岩波書店)もいまよんでみるとヤバイかもなあ)。たしかにこれまでの読解に近代的視点によるゆがみはあるだらうし、子安氏がそれをただしく〈江戸〉からよみといてゐるところもおほからう。だからといつて、「文庫版あとがき」のやうな傲岸で不愉快な文章や、弟子(宮川康子)による「解説」と称して奉る頌徳表をよまねばならぬ義理はない筈だ――ただし、宮川氏の『富永仲基と懐徳堂』(ぺりかん社)は、これまで前後に孤絶して天才あつかひをされてきた仲基を知のネットワークのなかに叮嚀に位置づけた好著――。このことがわかつたいま、もはや本書をなげうつてもかまはない。水先案内人はもう充分だ。直かに徂徠をよむべき時がきてゐる。(とはかいたけれど多分よむことはなくつて、「解説書」をよみつづけるんだろなッ!)
いま確認したら、けふの午後10時ごろに「子安宣邦」で検索かけて、旧記の[2000/6/9]とか[2000/6/24]とか)をみてくだしつたかたがゐた模様。もつとはやくアップしときやよかつた、コレ。
◆ジャケットをりかへしの著者近影の、むつつり文化人ぶりにふれるのをわすれてた!(←かうなると「坊主にくけりや今朝まで肉料理」(魔夜峰夫)である。)[2000/8/26]
ちくま新書059;筑摩書房;¥660(¥330);新書判;縦組;並製;222頁;△;
しかし、小河原氏の『ポパー』(講談社)はさつぱりわからなかつた憶えがある。当然書き手の咎ではないけれど。ところで、『ウィトゲンシュタインと同性愛』(未来社)なんちふ本を訳されてゐるのはやつぱり論敵だからつすかね。
;水声社;¥2,500(借覧);B6判;縦組;上製;268頁;△+;
水声社つてもと書肆風の薔薇でJ.ジュネットの『物語のディスクール』とかおフランス系難解文学書とかだしてたとこぢやなかつたツスかねぇ。何で永瀬唯編のエヴァ本をだしてるんだらうか。
現代教養文庫1426;社会思想社;¥600(¥100);文庫判;縦組;並製;279頁;△;In the Name of Science[1952]の部分訳
ハードは、円盤は火星からくると考える。円盤が小さくて、しかもめまぐるしく動きを変えることからみて彼は、それに数多く乗れるほど小さくて、また急激な方向変換のとき受ける慣性効果におしつぶされないほど頑丈な生物といったら、昆虫しかないだろうと結論する。こんなふうに考えを進めていって彼は、宇宙船を操縦しているのは、長さが約二インチで、人間よりずっと高い知能をもつ「スーパー・ミツバチ」だと確信する。(p.27.)
やつぱり外国にも「合理的なトンデモさん」はゐたんだ!(つていふか、あつちのはうがおほさうではあるけど)
複製芸術時代におけるコンサートとは? についてかんがへるためにつぎの2冊に目をとほす(←林檎の広島公演[2000/5/13(下剋上エクスタシー)、2000/6/29(御起立ジャポン@発育ステータス)]にいけなかつたのをまだ根にもつてゐる)。
朝日選書395;朝日新聞社;(借覧);B6判;縦組;並製;419頁;△+;
マス・カルチャー(ここではポピュラー・ミュージック)を通じての帝国意識の形成、といふのは、いまにして思へばカル・スタのはしりだよなあ。よくまとまつてて選書としてはすつごくよい本だと思ひます。
;春秋社;(借覧);B6判;縦組;上製;271頁;△;
これは第2刷イクォール新装増補版なんだとすると(多分さう)、奥附のかきかたがわるいなコレ。
もっとも、《第九》が年末になると演奏されるという習慣そのものは、一九四七年の日響(現N響)の演奏会にまでさかのぼれるというから、さして「現代的」というわけでもない。
(p.187.)
事実、今ではテレビのコマーシャルに使われるまでになった《第九》の日本での初演は何と一九七三年のことのなのである。
(p.198.)
と、10ページほどしかはなれてゐないところでの記述に矛楯があつたり(かういふ「神話くづし」系の為事のばあひ、史実はちやんとしておいてほしい。それとも、ここのは「歓喜の歌」のみと通しでとのちがひなんだらうか)、「軽やかな聴取」をむねとする〈ポスト・モダン・チャイルド〉をおしまひのところで称揚してゐたりするのは、ちよつとどうかとも思ふけれど、よみやすいおもしろい本でした。
しかし、わたくしの、林檎問題に、決著(気もちの整理)は、つかなかつた。
;朝日ソノラマ;¥848;B6判;;並製;304頁;;
表題作の映画化に連動する再録本。いづれも白泉社文庫でよんだものばかりで、気づかず買うてしまうた自分の不明をはぢるばかり。わたくしのやうな男は、結局「ダリヤの帯」の只野一郎のやうな、死んでやうやく「自由」をえるおろかもので、そのさきへの跳躍のためのふみ臺とせねばならぬ1冊。
新潮文庫;新潮社;¥514(1割引);文庫版;縦組;並製;354頁;△+;『おもしろ奇語辞典』を改題
現代教養文庫1634;社会思想社;¥680(1割引);文庫版;縦組;並製;276頁;△;
書名の「噂」は旧字体だが、ここでは包摂にしたがふ。『週刊文春』誌の坪内祐三「文庫本をねらえ」で見て、1冊目を買うてゐるので2冊目も買うた次第。まあ、史資料としてはおもしろくよめるけれど、これよんで「徹底した反権力闘争」に胸熱くする人もゐるのかな(ゐんだらうな、多分)。
ひさしぶりによつたサンモール内の中央書店アニメージュスタジオ(大塚英志『まんがの構造』(弓立社)[*]にその極く初期が紹介せられてゐる)が店舗を拡張してゐた。まうかつてんのかなあ。帰宅後とるものもとりあへず、
以下寸評。巻頭のおあそび映像は、前回同様秀逸。1)Σは、見せ物バンド。2)ギブスは、ギターをかける帯に衣服のずりおろされさうな右胸にばかり眼がいく。3)闇に降る雨は、ととのひすぎな感じ。4)アイデンティティは、咲顔が凶悪。5)罪と罰は、怖いッス。しかもまつぷたつの愛車ヒトラーは、エンディング(依存症)で〓〓。おまけ映像(ストイシズム)はわけわからんす。
そのあと、橋幸夫の「リズム歌謡」集『SWIM! SWIM! SWIM!』(ビクター)をきく。「恋のメキシカン・ロック」最高です。
[*]『システムと儀式』(ちくま文庫、現在品切れ)のまちがひ。[2000/9/7]
◆伏せ字〓〓は、「爆破」。一往発売後ひとつきほどは、ふせておきました。[2000/10/2]
ヤングユーコミックスコーラスシリーズ;集英社;各¥476(各¥100);B6判;;並製;192・185頁;△+;
おもしろい。ビルドゥングス・ロマンとして少/青年誌にのるべきだつたかもしれない、とも思ふ。とりあへず、はやくつづきをかひたい。
;イースト・プレス;¥1,300(¥700);B6判;縦組;並製;269頁;△-;
どーでもいいけど、「オタク第1世代」といふくくりかたをしはじめたのは当の唐沢俊一ではなかつたのか。私はすつかりさうと思ひきめてゐたのだけれど、その唐沢氏を師匠とあふぐ鶴岡氏が誰が言い出したかは知らない
(p.106.)といふからには、ちがふんだらう。さういへば、すこしまへに小谷野敦が『クィア・ジャパン』誌だつたか『木野評論』誌だつたかで[*]、自分はこれからは現代思想からはおりて井上章一をめざす、というてゐたけれど、何か下手したら唐沢俊一化しさうでヤだなー(しかし、何で私はさういふ風に感じるのか)。つて関係ないことばかりかいてるな。内容については、首肯せらるるもあり、いきみすぎぢやない、と思ふもあり。表紙で「手塚を知らない」とかいうたり、腰巻に「早大「漫画史」教科書」とかかいたりしてゐるのは、いくら商売とはいうてもえげつないなあ、と思ひました。
[*]『木野評論』(2000年3月号)の「ファッションに無関心である自由」。小谷野[2001/3]所収。
;幻冬舎;¥1,400(¥100);B6判;縦組;上製;245頁;△;
「人生は絶妙である」といふ感じ(このことば、だれので、どこでしつたのだつたらう)。すごいッスね。
ACTION COMICS;双葉社;¥552;B6判;;並製;212頁;△+;
たたみかけるやうな堂堂のマンガ/アニメ讃歌。しかし連載誌がどたばたしてゐるやうなのが心配。うまく著地してほしいものである。
CUE COMICS ;イースト・プレス;¥999;A5判;;並製;183頁;△++;
〓は、兎丸印。さきの『Garden』(イースト・プレス)とはことなり、ポピュラリティのある1冊。椎名林檎でいふと『本能』にあたるものではないか、と思ふ(なにゆゑ椎名林檎にたとへるかはおいといて)。
講談社現代新書1517;講談社;¥660(1割引);新書判;縦組;並製;216頁;△;
まつたうな人生読本。しかしこんなものかいてるやうぢや所詮福田君も選良ぢやあないな(つてなにさまか、オレ)。
ヤングユーコミックス・コーラスシリーズ;集英社;¥476(¥100);B6判;;並製;189頁;△+;
Wonderland COMICS;宝島社;¥933(¥500);A5判;;並製;200頁;;
いやあ、あたらしいぞ、私は
といふ感じ。ちよつちクラクラくるな。といふわけで、判断は留保。
午後1時半に広島駅まへでN氏とまちあはせ。押井守原作脚本、沖浦啓之監督作品『人狼 JIN-ROH』をみにゆく。上映館はサロンシネマで、ここは椅子のすわり心地がいいんでうれしいなぁ。映画がハッピィ・エンディングにならなかったら、入場料を返せと言ひたくなる、と三島由紀夫が言った。
(谷沢永一『紙つぶて(全)』(現PHP文庫)50・9・22)まさしくそんな感じ。はじめはねー、ありうべかりし戦後の革命をゑがくのかなぁ、と思つたンすけど、結局は心理レヴェルで清算しちやふんだよなー。あれが組織のリアルのつもりなのかなー。あと、あの集団納骨堂とか地下水道とかはホントにあんな感じであつたンすかね。何にしても、フェミニティティのゑがきかたがどうしやうもなく俗情と結託してるよなあ(もつとも、この弊をまぬかれた作物など世にひとつだつてないやうな気もするが)。でも、入場料分ぐらゐはおもしろく見られました。戦闘シーンとか。観劇後(つていふのかなあ)、「にんにくや」で夕食をおごつてもらふ。超サンキュー。N氏は、自然の気くばりの人なので一緒にゐるとすつごい楽で、つい甘えてしまふ。もうしわけない。
JETS COMICS 800;白泉社;¥505;B6判;;並製;199頁;△+;
しつかし二宮女史はけして――といふか安易に――女性の内面をかかうとはしないなあ。そこですごく奇妙な感じがする。おもしろい。
ハヤカワ文庫<JA598>;早川書房;¥560(¥250);文庫判;縦組;並製;286頁;△;『現代ヘアーの基礎知識・kamidas』を一部加筆・削除・改稿のうへ改題
おもひたつて
B6判四六判の本を上製と並製とにわけてゐると、藤本由香里(白藤花夜子)『快楽電流』(河出書房新社、1999年)にゆきあたつた。ここで先日よんだ杉田[1999:100]をひく。出典注記にしたがつて、藤本[1999:239]をみてみる。
藤本をリバタリアンとするところにも疑問はあるが、何より杉田の引用は「面白い」のまへにかかる保留の「たしかに」をおぎなつたところですでに成立しなくなる。つまり、あひての議論を自分の都合にあふやうに劣化/変形させてたたく「藁人形攻撃の虚偽」にすぎぬ。なるほど批判(論争)は説得力をもつたものがちだから、かうした手法をきらふ必要はない。しかしかくのごとき詐術のうへになつてゐるとすれば、杉田の論はいちじるしくわりびいて見ねばなるまい。どうだらうか(もつとも、藤本のはうも代々忠讃美にをはるインテリごのみの高踏的なAV論だとはおもふが)。