;毎日新聞社;(借覧);四六判;縦1・2段組;並製;329頁;;ISBN978-4-620-31827-1;
歴史と古典;吉川弘文館;2,800円(借覧);四六判;縦組;上製;4+11+240頁;;ISBN978-4-642-07159-8;[執筆者]かわじり・あきお(川尻秋生)/さくら・よしやす(佐倉由泰)/てらうち・ひろし(寺内浩)/こんどー・よしかず(近藤好和)/みやたき・こーじ(宮瀧交二)/すずき・てつお(鈴木哲雄)/ひぐち・くにお(樋口州男)/むらかみ・はるき(村上春樹)
日本語学系の論考はなくて、ちよつと残念。文体についての言及には、以下のやうなものがあつた。
『将門記』は、『尾張国郡司百姓等解文』や『仲文章』と、用語、表現、文体がきわめて近似している。『尾張国郡司百姓等解文』は、尾張国の郡司・百姓らが国守、藤原元命の悪政を朝廷に訴えるために、永延二年(九八八)十一月にまとめた三十一箇条の書状であり、『仲文章』は、寛治二年(一〇八八)以前の成立とされる教訓書であるが、いずれも吏のあるべき姿を重視し、民政の理念を説いている。『将門記』の記述も、この同時代の同じ真名表記テキストである二つの書と同じ関心と問題意識に支えられて成り立っている。『将門記』は吏の学問のネットワークから生まれ、吏の視点に立った記述である。吏の文学と称することができそうだ(p.51。佐倉由泰、文学からみた将門記)。
ここで、十一世紀半ば頃に成立した『明衡往来』と比較してみると『将門記』(所収の(p.63。川尻秋生、歴史学からみた将門記)。天慶二年十二月十五日の日付を持つ、太政大臣藤原忠平もしくはその子師氏宛の将門書状――引用者補)は、明らかに『高山寺本古往来』に近いといえる
ところで、摸刻本でも再現されてゐる(画像9枚目辺からはじまつてゐる)太字がななめに交叉するやうにかきすすめられてる真福寺本のたすき書きつて、あれなんなのかなあ。書の方面とかであきらかにされてはゐないのかな。
書物誕生――あたらしい古典入門;岩波書店;2,100円(借覧);四六判;縦組;上製;vi+209+1頁;;ISBN978-4-00-028292-5;
;月曜社;2,500円(借覧);B6判変型;縦1・2段組;並製;337頁;;ISBN978-4-901477-35-2;
ミネルヴァ日本評伝選[074];ミネルヴァ書房;2,800円(借覧);四六判;縦組;上製;4+xvii+228+9頁;;ISBN978-4-623-05546-3;
歴史文化ライブラリー276;吉川弘文館;1,800円(借覧);四六判;縦組;並製;6+254頁;;ISBN978-4-642-05676-2;
岩波新書(新赤版)1180;岩波書店;700円(借覧);新書判;縦組;並製;ix+1+202+8頁;;ISBN978-4-00-431180-5;
扶桑略記応徳3年10月10日条からよみくだして引用したなかに、風流の美、かぞへあぐべからず
(p.26)とあるのが気になる。原漢文は風流之美不可勝計
のやうだから(この文書では20日条にあることになつてゐて、後日、新訂増補国史大系本をみると20日条にあつた)、あげてかぞふべからず、とよむのが普通ではないのかなあ。
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