3日がお誕生日だつたので(おめでたうございます)、右手にケーキ、左手にフォーク。いつもより瞳がくりくりとした感じに見える。
;朝日新聞社;1,800円(借覧);四六判;縦組;上製;420頁;;ISBN978-4-02-250272-8;
中公新書1958;中央公論新社;760円(借覧);新書判;縦組;並製;v+5+226頁;;ISBN978-4-12-101958-5;
対象への贔屓がすぎるやうにみえるなあ(ちやんとひかへとかなかつたからうろおぼえでかいておくのだけれど、国民、の語を江藤新平がつくつたのではないか、とかは無理つぽく思ふ)。ついでに、江藤の「文字の議」なるものが紹介されてゐるのをメモ(pp.144-145)。
情報公開との関連で注目すべき江藤の意見に、先駆的な文章・文字の簡易化論がある。情報公開が効果をあげるには、民衆が公開された情報の内容を的確に理解できることが先決だ。ところがお役所が作る文章は往々にして難しくてわかりづらいきらいがある。そこで江藤は、「文字の議」(明治四年か)で、
「御布告書はじめ一切」を平易にせよと論じた。江藤によれば、そもそも「文明を開くの元は文字の便にあり」、にもかかわらず「世間に不通用の見慣れぬ漢字を使うを学者とする」、すなわち「官」や知識人には難解な漢語をひけらかす悪弊があるが、それでは「実用学問の進歩は覚束なし」。そこで、「当分の処はこれまで用い来る所の漢字の数を極め、凡そ千字内に限り、その他はかな書きにすべし」と、漢字は一〇〇〇字以内に制限し、それ以外はかな書きにする旨を「大いに天下に御布告あるべし」、そして「自今御布告はじめ一切これにてお用いあるべし」と具体的に提案した。それどころか、いずれ「字は片かな平かな、数字は是までの字にて然るべく」と最終的には漢字廃止までを見透し、いったんは一〇〇〇字にまで制限する漢字の使用自体を漢数字以外は止めてしまえとまで論じた。文章家として知られた江藤にしてこの極論ありとは、いかにも彼らしい徹底ぶりではある。いずれにせよ漢字制限から廃止、かな書きへの転換のねらいは、
「とかく少しにても行われ易きが目的なり」、すなわち文明開化のためには民衆の文字使用や知識習得の負担を軽減したいとの願いだった。明治新政になって以来、政府が権威を誇示しようとでもしたのか、布告の類にやたらに漢語が増えて旧幕時代よりかえって難解になる風潮があっただけに、江藤の知られざる文字簡易化論は、情報公開論との関わりにとどまらず、広く教育論や文化論などの観点からも再検討される価値があるのではなかろうか。
おなじ著者の、明治初期政治・法制史における江藤新平 : 『江藤新平関係文書』解説(明治維新政治外交史研究、pp.197-198)をみると、江藤新平関係文書のR9. 257-1の雑記帳中にかかれてゐるものみたい。たぶん全文の翻刻はまだないのだと思ふ。
中公文庫[こ-6-8];中央公論社;816円(100円);文庫判;縦組;並製;449頁;;ISBN4-12-202094-8;
en-taxi誌の匿名コラムで著者がなくなつてゐたのを知つたので。合掌。
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