哲学の歴史 第11巻;中央公論新社;3,200円(借覧);新書判;縦組;並製;750頁;;ISBN978-4-12-403528-5;[執筆者]いーだ・たかし(飯田隆)/いしぐろ・ひで(石黒ひで)/いせだ・てつじ(伊勢田哲治)/いまい・みちお(今井道夫)/おーば・たけし(大庭健)/おかもと・けんご(岡本賢吾)/かち・だいすけ(加地大介)/かなもり・おさむ(金森修)/かにいけ・よーいち(蟹池陽一)/かねこ・ひろし(金子洋之)/こばやし・みちお(小林道夫)/とだやま・かずひさ(戸田山和久)/のむら・やすし(野村恭之)/ふるた・ともひさ(古田智久)/まるた・けん(丸田健)
オースティンやグライスは、チョムスキーを評価してゐたのか。
新典社研究叢書148;新典社;(借覧);A5判;縦組;上製;349頁;;ISBN4-7879-4148-8;
目次を写しておく。
- 「やうやう」から「やっと」へ : 語の意味の変化の一例として / 濱田敦 7 #
文法で普通に「副詞」と名づけられる一類の語は、洋の東西を問わず、極めて雑駁な内容をもつものであって、早く言えば、それは他のどの品詞にも属せしめることの出来ない語を収容する為に設けられた、ゴミ箱とでも言うべきものであり、「文法」なるものの本来担っている悲劇的な宿命を最も端的に暴露しているとさえ言えるところの、語の種類に外ならないのである(p.21)。- 「なかなかに」から「なかなか」へ / 塚原鉃雄 25
- 現代
- 古代前期
- 古代後期
- 「せめて」について / 井手至 91
- 「あながち・に」 / 濱田敦 127
- 「なかなか」の史的展開 / 塚原鉃雄 165 #
一体、或る言葉が、実際に、歴史的事実として古いからとて、直ちに、それが、古い言葉として意識されるとは限らない。碩学幸田露伴を以てしても、「なければならない(ぬ)」といったいい廻しは、一九二三年の震災以後に出現した表現と意識されていたという。けれども、例えば、一九〇七年に発表された、二葉亭四迷の「平凡」に、用いられている。客観的な事実と、主観的な意識とは、必ずしも一致しないのである(p.173、和辻哲郎「露伴先生の思ひ出」文学第15巻第10号)。
- 中世前期
- 中世中期
- 中世後期
- 近代
- 部分否定と全面否定 : 土左日記の「かならずしも」を契機として / 塚原鉃雄 215
- 否定の範囲
- 機構の原理
- 土左の事例
- 否定の呼応
- 推量の呼応
- 統一の理解
- 土左日記の「必ずしも」 / 塚原鉃雄 233
- 論拠の整理
- 形態と機構
- 土左の文脈
- 「しひて」 / 大槻美智子 243
- 「もっとも」の語史 / 井手至 283
- 現代語の「もっとも」
- 古代語の「もとも(もっとも)」
- 古代末期~中世前期の「もっとも」
- 中世後期~近世後期の「もっとも」
- 「とても」の語史 / 吉井健 311
- 跋文 341
- 追記 344
- 資料 347
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