講座源氏物語研究 第九巻;おうふう;(借覧);A5判;縦組;上製;333頁;;ISBN978-4-273-03459-7;[執筆者]こまちや・てるひこ(小町谷照彦)/あんどー・とーる(安藤徹)/こじま・なおこ(小島菜温子)/なかむら・やすお(中村康夫)/うえはら・さくかず(上原作和)/たていし・かずひろ(立石和弘)/くらた・みのる(倉田実)/いまむら・ただずみ(今村忠純)/くぶきはら・れー(久富木原玲)/みやかわ・よーこ(宮川葉子)/なかじま・ともえ(中嶋朋恵)/ひらやま・いくお(平山育男)
先見性に富み、デジタルコンテンツに最も積極的に注目したのが、大野晋氏(一九一九生~)であることはあまり知られていない。大野氏は個人研究として『源氏物語大成』のデジタルデータを作成し、それを駆使して語彙の研究に活用していたと仄聞している。その成果は、後に角川書店の独壇場の感がある、『新編国歌大観』『古典大観 源氏物語』等のCD-ROM化の登場に際して、陰に陽に影響を及ぼしていたものであろうと思われるからである。同じく、故・塚原鉄雄氏(一九二三~一九九四)もワープロ派であって(……)
当時、中古文学会の事務局は二松学舎大学であり、その代表委員でもあった塚原氏の電子媒体への理解度が、この学会誌の革新へと寄与した功績があるように、私には思われる(上原作和、ブロードバンド時代のデジタルデータ『源氏の物語』。p.114)。ふむ。ところで、この上原論文、
フロッピーデスク、
フロッピーディスク、
フロッピーデイスクが混在してゐる。
袖の上の玉の砕けたりけむよりも、あさましげなりについて従来出典未詳とされてゐたのを、ヤフーで検索して、
傳玄「短歌行」「昔、我を視ること、掌中の珠の如し。何の意ぞ、一朝にして、我を溝渠に棄つるや」を典拠とし、「掌中」→「袖中」、「掌上」→「袖上」の音転であることが判明したのである。歌学書の『袖中抄』も秘伝を書き記したものであるから、この意が名の源であろう(同上、p.125)といふのは、いろいろ納得いかない。といふか、傅玄だし(まちがつたコピペをつづけてるのかな)。
現在は、WEB上の論文データのコピーも容易になったため、卒業論文・修士論文ともにワープロ原稿を認めていた各大学も、手書きの原稿の提出を義務づけるようになったようである(同上、p.131)。まじで?
平安時代の作品を用いて現代の男性社会、および女性差別を批判し、フェミニズムの正当性を主張しているのであり、「千年かわらず男は○○である」と同じように、「千年かわらず男性社会は○○である」といった叙述法の再生産となっている。そうした意味では、対極にあるはずの渡辺淳一の論じ方に近い(立岩和弘、『源氏物語』関連出版と解釈共同体 : 婦人雑誌・本質主義・レイプ・光源氏計画。p.162)。うーん、さうかなあ。
「豊楽院で罪人を公開処刑」という場面が描かれたことに対して、高橋冴未が(タ)の第六巻で豊楽院はそういう場ではないとして疑問を呈し、ちょっとした論争になっていた(倉田実、現代マンガの平安物。p.195、(タ)は、きらきら馨る)。
平成天皇といふ語をつかつてるのはよくないんぢやないかなあ。
講談社現代新書1843;講談社;720円(333円);新書判;縦組;並製;238頁;;ISBN4-06-149843-6;
孝徳天皇はお飾りではなくて、むしろ乙巳の変の首謀者といふ論。正直、こんな史資料への接しかたをするならなんとだつていへる感じ。
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