the view from nowhere : 2007-09-19 (Wed)

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いはゆる広辞苑前文方式への浜田敦による批判

なお、杓子定規的官僚政治のも一つの弊は、上からの政策として、厳格な形式で縛ろうとする時、その息苦しさに堪えかねて、抜け道を考え出そうとするものが必ず出て来、その結果、形式そのものが骨抜きになってしまう、そこでまた更に厳格な形式が考え出される、と云う悪循環がくり返されることであろう。その実例は、私どもの日常生活において、例えば、経済政策、交通政策などで、常に経験するところであるが、国字政策の場合も決して例外ではあり得ない。その点でも、特に日本人は、抜け道を見出す天才であるらしい。旧軍隊における要領主義、員数精神もやはり、厳格すぎる形式主義によるものであったこと云うまでもない。例えば、「思ふ」と書くことが許されないので、その代りに「思考する」と書く、と或る老国語学者が、抜け道を見出したことを得々として話されたのを記憶するが、耳なれたオモウを捨てて、より晦渋なシコオスルを採ると云う、語の選択は、「思ふ」として、仮名遣の「形式」を破ったことよりも、はるかに重大な、新しい「国語」政策の精神の踏みにじりであることに思いを致さない、そこにもやはり、明らかな形式主義の臭いがする。比喩が許されるならば、大通りのきびしい交通取締りの結果、大型自動車が小通りをつっ走り、その結果、人命の危険が却って増大する様なものであろう。

みうら・すけゆき(三浦佑之);2007/4;古事記のひみつ 歴史書の成立;

歴史文化ライブラリー229;吉川弘文館;1,700円(借覧);四六判;縦組;並製;7+219頁;;ISBN978-4-642-05629-8;

いしかわ・きゅーよー(石川九楊);2007/4;漢字がつくった東アジア;

;筑摩書房;(借覧);四六判;縦組;上製;285頁;;ISBN978-4-480-85786-6;

けふの貰物

「UP」(9月号)もらふ。

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森 洋介
 濱田氏の説、前半は尤もですが後半で譬喩が逸れてゐます。出された例を見ても、そもそも上から押しつける政策に素直には服從し難い難點があればこそ、苦し紛れの拔け道が探られるのだと思ふのですが。もし「新しい「国語」政策の精神」を良しとするのならば、別の論法で説くべきでした。
猪川
そんなに逸れてますか。筆者が「新しい「国語」政策の精神」をよしとしてゐるかだうかにかかはらず、抜け道批判は妥当するやうに思ふのですけど。
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