the view from nowhere : 2007-08-31 (Fri)

Article

いぬかい・もりまさ(犬飼守薫);1999/3;近代国語辞書編纂史の基礎的研究―『大言海』への道―;

;風間書房;21,500円(借覧);A5判;縦組;上製;778頁;;ISBN4-7599-1124-3;

目次を写しておく。

やまだ・よしお(山田孝雄)/しんむら・いずる(新村出);2006/11;山田孝雄 新村出;

近代浪漫派文庫18;新学社;1,305円;文庫判;縦組;並製;331頁;;ISBN4-7868-0076-7;

目次を写しておく。

タナダユキ監督、赤い文化住宅の初子@横川シネマ

観客4人。なんかこのところ中国方言の映画ばつかりみてるなあ。妙に現実感のない貧しさ。主演の子(東亜優)にときどきむかしの道重さんの俤を見る。やつぱり、16[jyu-roku]のはうも見ればよかつたかな。

やまだ・よしひろ(山田芳裕);2007/8;へうげもの(5);

モーニングKC-1625;講談社;514円;B6判;縦組;並製;220頁;;ISBN978-4-06-372625-1;

次巻、北野茶会。

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the view from nowhere : 2007-11-08 (Thu)
なんか橋本進吉は自分のプライオリティのために情報ソース(ネタもと)を隠匿してたッぽい

Comment

森 洋介
 さういへば、山田孝雄が甲類乙類を分ける上代特殊假名遣につき異議を差しはさんだといふのは、『俳諧語談』に見られるのではありませんでしたっけ? 何かにさう記してあって、懶けて確認を怠るうち、何が出典だったのかも失念してしまひアヤフヤな記憶ですが。
猪川
コメント有難うございます。本書に抄録されてゐるかぎりでは、上代特殊仮名遣にふれるところは見うけられませんでした(「月夜さし」は万葉語らしいですが)。ちよつと検索してみると、
「山田孝雄氏『万葉集講義』巻三(昭和12年初版・昭和45年復刻版・東京宝文館刊)の418頁から423頁まで。万葉集324番の「河登保志呂志(かわとほしろし)」を例として実証的に甲類・乙類の区別なしと論証」
http://www1.ocn.ne.jp/~hotsuma8/ht062.html
といふ記述がありました。そのうちたしかめてみます。

にしてもホツマかあ、と思ひながらいろいろ見てゐると、類聚名義抄にヲシテ文字について書かれてゐるといふ記述があつて、びつくり。
http://www.woshite.com/labo/modules/pukiwiki/
「璽」字の和訓が「ヲシテ」である以上のもの(「ヲシテはことのほかに貴重・大切で、おろそかにするべきものではない」といふ「ニュアンス」)には見えないけどなあ。
「開けさせて見給へば、内に今一重校(あぜ)して鎖あり。その戸には文殿と*押手(オしで)*さしたり。「さればよ」と思して、又鎖開け給へば、たゞ開きに開きぬ」(宇津保物語 蔵開、日本古典文学大系本260頁)
「*ヲシテ*ナキヲハ、ウタカヒアルコトニナムスレハ、此經ヲ印トノタマヘルハ、タモツモノ極樂〈ヘ〉マウテムコトノウタカヒナカルヘキナリ」(法華百座聞書抄、オ365-366)
といつた例も、ヲシテ文字のことになつてしまふのかしら。
森 洋介
 一種の關係妄想といふか、惚れ込んだ對象を核としてそこに何でも結びつけてしまふのはスタンダールの謂ふ結晶作用みたいなものですか。ただそれも盲信ゆゑに第一段階止まりで、疑惑を挾んだ第二の結晶作用までは進まないわけで。トンデモさんだけでなく學者にも間々あることですが。 
 いま想ひ出して取り出して見たら、谷沢永一・渡部昇一『読書連弾』(→『読書談義』所收)に谷沢發言として「山田孝雄と吉沢義則は、甲類乙類については亡くなるまで、おかしいと言い続けてきました」とありましたが、それだけで、典據までは出してゐません。他にどこで讀んだのだったか……。
猪川
さういへば、吉澤義則は上代特殊仮名遣に対して、だういふ態度だつたのかは知らないな、と思つたのですが、うわづら文庫で、国語史概説をちよつと見てみると、68ページ以降にこの現象についてふれ、「大體に於て古く存在した音韻上の差別にもとづくものと考へたいやうに思ふ」(73ページ)と書いてゐるので、谷沢発言は勘違ひかもしれません。勿論本書のあとでまた考へをかへた可能性はありますが。
http://uwazura.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_e789.html
猪川
本書のあとで、といふよりは、前は音韻上の差別とはしてゐなかつたのを、本書ではちがつた考へをしめしてゐる、といふべきだつたみたいだ。
猪川
うへにふれた山田孝雄の講義を転記しておく。菊沢季生「国語音韻論」でこの論は否定されてゐるよし(江湖山、研究史)。

○河登保志呂之「カハトホシロシ」とよむ。この河は飛島川をさすこといふまでもなし。「トホシロシ」は形容詞なるが、卷十七「四〇一一」にも「山高美河登保之呂思(ヤマタカミカハトホシロシ)」とあるあり。古典にはこの語はこの二例に止まりて、その他には見るところなし。これを釋するに契沖は「大きにゆたけき意なり。神武紀下云集(ツトフ)〈二〉大(トホシロク)小(サキ)之魚(イヲトモヲ)〈一〉」といひ、考には「何にても大きなる事」といひたり。本居は玉の小琴に於いて「とほしろくはあざやかなることなり。凡てあざやかなることをしろしと云。いちしろきも是也。又御火しろくたけと云もあざやかに也。續世繼に、其大納言の御車のもむこそきらゝかにとほしろく侍りけれと有。中頃までもいひし言にて古の意と同じ。歌に遠白妙と云も物あさやかなるを云り」といひ、槻落葉も略似たる説にて「灼然をいちじろしといふをむかへて此とほじろの言(コト)を考るにいちととほとはその意相近し。いちとはあるか中にぬき出ていふ言にて俗にいッち至ッてなどいふ言にて至(イタリ)のたりを約めていちとはいふなるべし。さては*とほ*も達(トホル)の意にて達と至とはやゝ近し。いづれ白きはあざやかなるをいへば、さやけしといふにおなじ」といへり。これより後諸家の考區々として攷證の如きは「見る人心のひかん方にしたがふべし」とさへいへり。然るに、新考は雄大の義なるべしといひて、しかも「所詮見る人の心々なり、余ほ従來の義として用ゐたり」といひ、橋本進吉氏は「萬葉集に於いては『とほしろ』の『ろ』には呂の字を宛て『しろし』(白)又は『いちじろし』の『ろ』には路の字を宛てて居るが元來萬葉時代には『ろ』の假名は二類にわかれて居たのであつて呂と路とは別の類に屬して決して混用する事なく隨つて當時その發音を異にしたものと考へられる。さすれば『とほしろし』の『しろし』と『しろし』(白)及び 『いちしろし』の『しろし』とは同音でなく、隨つて之を同語と認める事は容易に許されないのである」といひて宣長久老等の説に異議を挾み、これを雄大偉大の義にとるべしと主張せり。(奈良文化第十七號)先づこれらの説につきて考ふべきはその意義と語源論とを直ちに混同すべきにあらざることなり。先づ語源説にては槻落葉の説と橋本氏の説との二なり。玉の小琴の説はただ「いちじろし」と「とほしろし」と似たりといふのみにて同語源なりと強く主張せるにあらず。槻落葉の「とほ」と「いち」と同じとせる説は臆説たるに止まりて確實なる根據ありといふにあらねば、これも論爭すべき程度のものにあらず。橋本氏の論は學術的態度をとれるものなれば、一往論ぜざるべからず。この説は石塚龍麿の假字遺奧山路によれるものなれど、その説果して確たる根據あるものなりや。石塚はただかかる用法の區別ありといふに止まり、發音の上に差ありとまでは論じたるにあらず。橋本氏はこれを發音上の差によるといはるれど、發音上如何に差のありしかは明示せられず。吾人もかかる大體の差別を立てうべしとせばこれには何等かの理由ありしにあらざるかとの問題に賛成するを躊躇せざるものなれども、實際の用例を見るに未だ遽かに賛成し得べき程度の事實を見るを得ざるものと思ふ。今石塚の説によるとすとも、それには例外の往々存するを如何にせむ。ここには、當画の問題としてこの「ろ」につきて見るに、石塚は古事記及び萬葉集に通じて

    古事記   萬葉集
(一) 呂侶    呂侶
(二) 盧路樓   漏路

となり、(一)の團内(二)の團内にては通用すれど、(一)の團と(二)の團とは通用せずといへり。然るに事實必ずしも然らざるものを見る。今その大要をいはむに、「まつろふ」といふ語を

 古事記には「麻都*樓*波奴」(景行卷)
 日本紀には「麻都*漏*波奴」(崇神卷)

と書けるに、萬葉集には

  麻都*呂*倍乃牟氣乃麻爾麻爾(卷十八四〇四九四)
  麻都*呂*布物能等(卷十八、四〇九四)
  麻都*呂*布物跡(卷十九、四一二四)
  麻都*呂*倍奴(卷二十、四四六五)

とありてすべて「呂」のみを用ゐて、(二)の團の文字を用ゐたるものなし。又「くろ」といふ語を古事記には

  訶具*漏*比賣命(景行卷)

とあれど、萬葉集には

  可具*呂*伎可美爾(卷十五、三六四九)
  迦具*漏*伎可美爾(卷五、八〇四)

とありて、二團混用せり。又「しろたへ」といふ語は萬葉集に於いて(同じ卷に於いてすら)

  之*路*多倍(卷十五、三六〇七、三六二五、三七七八)
  思*漏*多倍(卷十五、三七二五)
  之*呂*多倍(卷十五、三七五一)

の如く二團混用せり。又「うつろふ」といふ語は萬葉集中にて見るに、一方に

  宇都*呂*波牟可母(卷十九、四二八二)
  宇都*呂*比(卷十九、四一六〇)宇都*呂*比爾家里(卷五、八○四)(卷十五、三七一六)
  伊麻波宇都*呂*布(卷十五、三七二三)宇都*呂*布麻泥爾(卷十七、三九七八)(ナホアリ)

の如く「呂」をかけると、

  宇都*路*比無良牟(卷十七、三九一六)
  宇都*路*布麻泥爾(卷十七、三九八二)

の如く「路」をかけるとの二樣あり。かくの如くに出入、混雜の存するをば、龍麿はそれら自説に合せぬものはすべて「不正なるべし」といひたれど、事實を歸納的に認めむ研究上の態度としてはかくの如き事實の一を正とし他を不正と斷すべき標準を示さずば獨斷の譏を免れず。されば「とほしろし」の「しろし」と「いちしろし」の「しろし」とは全然別の語なりといふ事は容易に斷言しうべきものにあらざるべし。今この「とほしろし」といふ語を考ふるに「くしき」の活用をなすものなるは著しく、その構成を考ふるに一般に形容詞の語幹の三音以上なるものは單一の組織よりなれるものなくして多くは二個の語根又は語幹の合成より成るものなり。而して多くの場合はある形容詞の語幹を他の形容詞の上に冠して熟成せしめ

  *あか**ぐろ*し  *あつ**くる*し  *あを**ぐろ*し  *ほそ**なが*し  *なが**ぼそ*し

の如くするを例とす。今のこの語も、その構造は

  「とほし」(「通」の語幹或は「遠」の語幹)と「しろし」(著)

との合成なるべく考ふるが普通なり。かくて合成せる語は、他の諸例に見る如く、一方のみの意をあらはすものにあらずして、元語たる二者の有する觀念の合體せる意をあらはすものとなるを多しとす。而して二者の觀念の合體せる結果としては新なる觀念を生ずるものにしてただ元の語の觀念を二個集めたりといふに止まらざるなり。今この「とほしろし」もまた然り。「とほ」は「遠く」「通る」の語幹としては深遠通達の意あり、「しろし」は顯著の義あり。かくて深遠通達にしてしかも顯著なる義とせば、雄大偉大の義として可なる筈なり。しかも、本集なるはいづれも、「山高み河とほしろし、」といへるにて河の流の遠く著しく通れる意は明かに見ゆるにあらずや。かくて古來の人々の意見は實はさまで大差なく、結局は同じ事をさせるものなり。かの日本書紀の傍訓の如きは往々後人の語を混ずるを以て確證とすべきにあらず。
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