the view from nowhere : 2007-08-15 (Wed)

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北海道大學文學部國語學講座[編];1988/3;北大國語學講座二十周年記念論輯 辭書・音義;

;[出版]北海道大學國文學會・[發行]汲古書院;11,000円(借覧);A5判;縦組;上製;4+510頁;;;

永田論文は、歴史的仮名遣なのだけど、最う/何うを、まう/だうと書いてゐるなあ。まうについては、濱田敦が「ま」(「いま」の「ま」)の長呼で、まう、ではないかとどこかで書いてゐたやうに記憶するほか、工藤力男も山田俊雄、日本のことばと古辞書への書評で、名語記をひいて、まう、ではなかいかと書いてゐた。――古代の和語の語中末には音便によらない母音音節が存しないという原則に従うと、「もう」は中世以後に忽然と出現した語ということにならないだろうか。半世紀近い昔、著者も編纂に加わった『新潮国語辞典現代語・古代語』の「もう」の項には、歴史的仮名遣を「まう」とする説がある、としている。その「まう」は、「いま」から語頭音が落ちた「ま」を長呼した語かと思われる。右の辞典にも、「ま」は「いま」の約か、とあった。ならば、『日葡辞書』の"Mŏfaya"、『名語記』巻二の「イマハトイフヘキイイヒケチハカリイヘル也」(43オ)を傍証に、歴史的仮名遣で書くなら「まう」がふさわしいのではないか。現代語に残る「もはや」は「いまは早」の崩れたもので、世上によく見る「最早」は論外の当て字だ、わたしはそう考える。(p.172)――だうについては、山田忠雄、北原保雄、加藤正信、柳田征司が、だうではないかとしてゐることは、室山敏昭、国語学会研究発表会発表要旨 鳥取県地方方言の情態副詞「ダーニー」の由来に簡潔にまとまつてゐる(最うも開合の区別を存する方言のはうから解明できないのかなあ)。

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