一往、弁疏しておくと、府川充男「聚珍録」検索の「字」の項を「場」で検索すればわかるやうに、「場」「塲」両字は混用/通用してゐて、http://www.google.co.jp/search?q=site%3Asnob.s1.xrea.com+%E5%A1%B2でヒットする大半は、さうした文献を翻刻する場合に、底本の字体にしたがつてゐるだけだし、創作で使用してゐるのも上記状況を踏んだうへでのつもりなので、それを、間違ってゐる
、といはれるのは、ちよつと心外。
その後、フォローしていただきました。
;双葉社;1,400円;四六判;縦組;並製;257頁;;ISBN978-4-575-29976-2;
たえず時事にも目をくばりながら、かねてからの持論をみがきつづける呉夫子は論者の鑑だ。ただ、「君子は南面す」という言葉がある。必然的に臣下は北面する。だから、帝に仕える侍を「北面の武士」と言う
(p.246、風水は伝統? 衆愚?)といふ「北面の武士」の説明はまちがひぢやないかなあ。
;中央公論新社;(借覧);A5判;縦組;上製;1+5+555頁;;ISBN978-4-12-003812-9;
水田紀久による序をみて、あれ、師事暉峻康隆教授
なのか、と思ふ。だうも、中村幸彦門といふ印象がつよくて(さういへば以前なにかで、中野氏が雜誌名を雅俗に改称したのは私物化だとかなんとか難じた文章をみたやうな気がするのだけれど、記憶ちがひかも)。
PingURL :