the view from nowhere : 2006-07-15 (Sat)

Article

なかまさ・まさき(仲正昌樹);2006/6;ラディカリズムの果てに;

;イプシロン出版企画;1,800円(借覧);四六判;縦組;並製;238頁;;ISBN4-903145-09-3;

うみの・ちか(羽海野チカ);2006/7;ハチミツとクローバー(9);

コーラス クイーンズコミックス;集英社;400円;新書判;;並製;175頁;;ISBN4-08-865352-1;

ひろまつ・わたる(廣松渉)[著]、小林敏明[編];2006/3;哲学者廣松渉の告白的回想録;

;河出書房新社;2,000円(借覧);四六判;縦組;上製;8+221頁;;ISBN4-309-24374-6;

金田一京助;1964/12;思い出の人々;

金田一京助随筆選集2;三省堂;420円(借覧);新書判;上製;縦2段組;4+275頁;;;

目次を写しておく。

はせがわ・こーへー(長谷川鑛平);1965/10;本と校正;

中公新書83;中央公論社;320円(100円);新書判;縦組;並製;4+177頁;;;

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森 洋介
 長谷川鑛平について、林達夫が中央公論社の内紛に關はって執筆した檄文(パンフレット)『中央公論社の現状について』(1948.5.30)で、觸れてゐるさうです。渡邊一民『林達夫とその時代』第五章「隠れた「戦後」」(岩波書店、1988.7)で紹介されてゐるところによると(211ページ)、「「新任出版部長長谷川鑛平」について「こゝには権勢の走狗たらんとして身も魂も売り渡した一箇の学者の成れの果てががあるといふことだけに止めておきませう」と告発していく」ものだとか。林は一九四五年十月中央公論社に出版部長として迎へられて十二月には同社理事、内紛で四七年八月に出版部長を辭任するも理事に留まり、四八年六月に退社。一方の立場からの論斷だけを鵜呑みにはできませんが、長谷川は社内紛爭に關はるやうな位地の要職にも就いてゐたやうです。同じ頃、長谷川の評論『歩行者の論理』(眞善美社、1948.2)が出てゐました。發行元は花田清輝が編輯顧問、林達夫とも無縁ではなかった筈。ともあれ長谷川は『本と校正』『校正の美学』以外にもいろいろ著譯書はあって、加藤康司などとは違ひ、校正ひと筋の人ではなかったわけです。
猪川
詳しい情報を有難うございます。渡邊書は以前、目をとほした筈ですが、長谷川の名が出てゐたのは記憶してをりませんでした。
校正といへば、澁澤龍彦と矢川澄子とが「岩波文庫の『黄金のろば』の上下巻の一冊ずつの校正を受け持たされて、呉茂一独特の語法「だっても」をいつも合い言葉に」(浅羽通明『澁澤龍彦の時代』pp.221-222)してゐたといつた、うるはしい話ももつと知りたいものです。
森 洋介
 校正佳話、ですか。誤植滑稽譚なら多いんですが。『文字と闘ふ』(『校正の研究』改題改訂)といふ書名に象徴される如く、訂すか訂されるか、殺伐としがちな斯道でありますが、成程うるほひも忘れてはいけませんね。「赤魔」(倉阪鬼一郎『田舎の事件』)みたいになってしまはぬやうに。 
 たしか「だっても」は中井英夫も好んだ語で、そんな點でも澁澤龍彦とウマがあったのかしれませんが、中井が書いてゐたのは呉茂一とは別の作家の書き癖だったやうです(出典失念)。 
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