the view from nowhere : 2005-12-14 (Wed)

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「なぜ」の語源説

「なぜ」(何故)が、「あに」(豈)→「あぜ」(方言形あり)→「なぜ」といふ風に変化した語だといふ説があるらしいのですが、誰がどういふ媒体でとなへてゐるのかなど、この説の詳細について御存知のかたがいらつしやつたらお教へください。


山中襄太「国語語源辞典」、堀井令以知編「日本語語源辞典」、前田富祺編「日本語源大辞典」、杉本つとむ「語源海」、山口佳紀編「暮らしのことば語源辞典」などを見ても、「なぜ」についてはなにも述べられてゐない。ついでに、漢語文典叢書で「豈」字について言及してゐるものを見てみたのだけれど、「なぜ」にふれたものはなかつた。日国の「なぜ」の「語誌」欄には、ナニセムニ→ナンゼンニ→ナゼンニ→ナゼニ→ナゼと変化したとされてゐる(「なぜに」については、原田芳起「平安時代文学語彙の研究」にふれるところがある。また、大坪併治「漢文訓読文におけるナゼニの成立をめぐって」)。大槻文彦「言海」に、()ゾ、ノ転、西垣幸夫「日本語の語源辞典」は、ナンゾの約言としてゐるが、したがひがたい。

伊勢貞丈「安斎随筆」巻之八には、以下のやうにある。

ナゼと云ふ詞
俗語にナゼと云ふはナニなり ナニ転じてナシとなる(ニとシと音相通) ナジ転じてナゼとなる(シとセと音相通) 古き物語の草紙にナジカハもつてたまるべきと云ふ語あり ナジカハと云ふはナニカハと云ふ事なり

「あに」と「なに」とは関係があるやうだから、これは「なぜ」の「あに」語源説に近いかもしれない。

「日本随筆索引」によると、この他に「二上峯」「橘菴漫筆」にも「なぜといふ詞」について書いてあるらしいのだけれど、前者は活字本がなく、後者は日本随筆大成所収の「東牖子」をざつと見たかぎりでは確認できなかつた。また同索引では、「安斎随筆」には「豈といふ詞」についても書いた条があることになつてゐるのだけれど、これも発見できてゐない。

上では「あぜ」の語形について、甲州弁にあることをリンクで示したのだけれど、「物類称呼」には、以下のやうな記述が存する。

なぜと云事を
薩摩にて○なじかいと云 古き歌に
大和かい西はあじかを関東べい都こざんすいせをりやります
西土にて あじかを と云も なじかい といふにひとし 総州及東奥にて○あぜといふ 江戸にて○なぜといふ 京にて○なせにと(すみ)ていふ
案に なぜとは(なんぞ)也 とがめたる言葉也 万葉あぜそもこよひよしろきまさぬ なと詠り 古き詞なり

「安斎随筆」と「物類称呼」の記述は、「俚言集覧」の「なぜ」の項にも引用されている。

上引の万葉歌は巻14、3469番歌。村山七郎「古代語アニ「豈」について」は、この「あぜ」について、アニ・セの合成語とする。ほかに、3369、3434、3461、3472、3513、3517、3576番歌に見える。桜井満編「万葉集東歌古注釈集成」を見るかぎりでは、諸注、この「あぜ」を「なぜ」の意とはするものの、「あに」との関係に言及するものはない。水島義治「万葉集全注 巻第十四」「万葉集東歌の国語学的研究」は、当時の中央語に「なぜ」はないのだから、その変化形とすることはできないといふ。新全集、新大系の万葉集、沢瀉注釈、伊藤釈注にはとくに語源に関する注釈はない。東歌にみえる「あぜ」と、近世から現代の方言形「あぜ」とが同じものかどうかは、よくわからない。


きくち・なるよし(菊地成孔)/おーたに・よしお(大谷能生);2004/9;憂鬱と官能を教えた学校 〈バークリー・メソッド〉によって俯瞰される20世紀商業音楽史;

;河出書房新社;3,500円(借覧);A5判;縦2段組;上製;361頁;;ISBN4-309-26780-7;

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