音韻に基いてゐる事には氣附いてゐなかつたのか
たしかに刊本「古事記伝」仮字の事を見るかぎりでは、甲乙の区別の基づくところについては述べてゐないのだけれど、「古事記伝」の刊行より前に執筆された谷川士清「倭訓栞」の「大綱」には以下のやうにある(句点、括弧、濁点は私に補つた)。
○本居氏の説に古事記は同音の仮名の中にも語意によりて常に用る字を分てり。「お」には淤意二字を普く用る中に
大 には意富とのみ書て淤を書例なし。女姫などの「め」には売をのみ書て米を書ず。妹の「も」には毛をのみ書て母を書ず。神の「み」には微をのみ書て「美」を書ず。子には古をのみ書て許を書ず。木城 には紀を書。火には肥を書。戸には斗を書て伎比登などは書ず。かゝる類は古人おのづから音の別てるにや。此記のみならず日本紀万葉集にもまゝ此意旨見えたり。猶広く考索めて古語の解の助けとすべしといへり。
これによると、古人おのづから音の別てるにや
、と宣長は考へてゐたことになるのだけれど、実は、これとほぼ同文の記述が稿本古事記伝には存する(田邊正男「上代特殊仮名遣と鈴屋翁」から重引)。
同音ノ仮名ノ中ニモ語ニヨリテ常ニ用ル字
分 レタリ(中略)凡テ此類イカナル故トハ知 レネドモ古ヘオノヅカラ音 ノ別 レケルニヤ此記ノミナラズ書紀万葉ニモ間 此意 見エタリ
また、士清が宣長の古事記伝の稿本を見てゐただらうことは、以下にひく宣長の士清宛書簡からわかる。
まことや、おのが古事記をとけるもの一まき見給へるよし、一日の御物語にうけたまはりき、これは、いまたよくもとゝのへす たゞ一わたり考へこゝろみつゝ、思ひうるまゝにまつかきつけおきしをよそならぬひとりふたりに、ひそかに見せつるを、いかにして見給へるにか、いといといぶかしくなん
以上、田邊論文によつて記しました(田邊正男『上代語中古語の研究』桜楓社、1976年、423-431頁)。また、田邊論文のことは、安田尚道「石塚龍麿と橋本進吉―上代特殊仮名遣の研究史を再検討する―」(『国語学』54-2(通巻213号))で知りました。
ついでに。上代特殊假名遣に、假名大意称
、とあるのは「抄」の誤変換だらうと思ひます。宣長が「氣附いてゐた」
にせよ公刊時にはそれをけづつてをり、猶広ク考フベキヿ也
(稿本)、なほこまかに考ふべきことなり
(刊本)と宣長がしたのをうけて龍麿の調査があるのだから、ゼロから書直さなければならない
やうには思ひませんが。
;東京大学出版会;(借覧);A5判;縦組;上製;xii+493+10頁;;ISBN4-13-036122-8;
新潮新書130;新潮社;680円(借覧);新書判;縦組;並製;207頁;;ISBN4-10-610130-0;
新潮文庫[み-29-5];新潮社;400円(100円);文庫判;縦組;並製;227頁;;ISBN4-10-141035-6;
いくらか前に「波」ではないPR誌で、この「個人授業」のいただきみたいなのを見かけた気がする(教はるはうは安野光雅か和田誠かだつたかも)のだけれど、あれはどうなつたかなあ。
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