the view from nowhere : 2005-10-03 (Mon)

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尾崎紅葉「文盲手引草」(5)

第五  だッし

―― 原名だッし字義をあて音を似せ「脱志」と書くべしとなり脱志は前に述べたる{ことば}なり文なりを一層深く理解せしめむが爲に意味を強めむとていひ足したる文または語の榜示杭と心得べし或は前文の意味を繰返して別の點から説くこともあり括弧と同じ勤をする事もあり此外變化つねならず孔子樣のおつしやッたには龍のことはおらァしねェと紅子もまた然り矣この實相を看破することは誠に難いであるお志の方は現今諸大家の小説を熟讀翫味して神會默契するより外なし

案ずるに脱志 の字は本義ならむか志は誌なり脱けたるを誌すの義にして前文前語(産前産後とも聞えず)の不足を補ふ心なりされど今は色々に用ゐて重寳す 一寸考へても御覽じやい ――は折鍼の象なり {さき}が無くては鍼は通りがたし通らぬとは意味不通の義なり饅頭屋の店頭{みせさき}に暴れ馬の木像を飾りあらうまと利かせ風呂屋の目印に弓と矢を出してゆやと判じ恐れ多くも京の内裏の御門に蛤御門の名あるも非常の時の外は開かぬとの心にて燒ねば開かぬとて蛤と申奉るのよし此等と同じ格にてとほらぬといふより折鍼を象るといふ 縁起{いはれ}を聞けば難有い事である

一説に電信早學を引て符號ヽを「と」と言ひ――を「つゥ」といふ「つゥ」は通なり此はちと僻説かも知れぬ句双葛藤抄に下喝行棒の句あり正法眼藏に七十二棒痛痒誰瞞とありて禪家にては問答のつまッたり{わけ}のわからぬ事をいふと棒を{くら}はせるが規定{さだめ}なれど劒鑿の方が味は{かる}しと新發意獨語に見えたり 扨――は禪家の棒に象り前文の意義明白ならざるゆゑ一棒を喫はし改めて説くとの心をしめすともいへり

いたさか・げん(板坂元);1980/5→1997/1;何を書くか、どう書くか――知的文章の技術;

PHP文庫[い 10 6];PHP研究所;544円(100円);文庫判;縦組;並製;252頁;;ISBN4-569-56971-4;

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