the view from nowhere : 2005-09-29 (Thu)

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尾崎紅葉「文盲手引草」

けふからしばらくのあひだ、尾崎紅葉の「文盲手引草」といふ文を入力してゆかうと思ひます。まとめたファイルはhttp://mpcp.hp.infoseek.co.jp/tebikigusa/に置きます。


第一  ………………

………  和名ぽつ〳〵又ぽち〳〵英語どッてッど、らいん(點線)幾何學にいまじなりい、らいん(想像線)といふ 想像線といへば糸遊かと早合點する人あれど全く別の物なり 想像線は實にその物あるにあらねど假にあるものとさだめし線なり 譬へば「思入」「いひかけ」の穴へこのぽツ〳〵を埋めて此處は一番作者の腹を見せるか又は物語る人の心ありて言葉なきをとやあらむかくやあらむと看客{みるひと}がよしなに汲分てやる處なり 故に思ひ遣のなき人は當今の小説は解しかぬるよし

さる老人の曰くどうも此頃の草册子の文はまるで五目ずしだよおらのやうな齒のわるいものにやあの具が邪魔になつてならねエその具もいろ〳〵あるが中にも不思議でならねヱのは文字の間に……トのみの糞のやうなもなアありやア一體何だなに話をしかけて留たり思入れある記標{しるし}だとべらばうな此頃の奴等はとんでもねヱ贅澤をしやアがる故人馬琴や京傳なんぞはあれほどの作者でありながらそンな眞似はしなかッた第一文字の働らきといふものは廣大無邊なもで符牒なんぞをつかはなくもちやんとそれだけの事が解るやうに出來てるもだそれがおつりきな符牒がなくッちや了解{わか}らねヱといふなア畢竟作者が未熟からの事よそれだからといひかけると側から娘が⦅おぢいさんもウ澤山あとは……{ポツ〳〵}にしておいて下さい⦆

…… の解は右を本説とす 此外色々あれど大方は古事附にて取るに足らざる妄説なり 其中やゝ參考ともなるべきを左に出す

…… 和名雨垂 古文は多く其物を象りて字とすしかりといへども⦅ぞんじ〓{まいらせ候}の虚無僧⦆⦅ヘマムシヨ入道⦆⦅山水天狗⦆の如きは盡く後人の僞作にして信ずるに足らず……を雨垂とするも古文の意なること其形を見て知るべし

愚按ずるに水涕涎等の如きは垂れるといへど雨はたれるといはず古諺類聚に雨ふつて地かたまる金地扇にあはれ一村雨のはら〳〵とふれかし老松に大雨しきりにふりしかばなどあり ゆゑに雨垂は春雨村雨時雨夕立など天から直輸入の雨の異名にあらず 軒を傳ふ雨の雫なり柳樽に居候雨垂ほどに戸をたゝきとあるは其音の微なるをいふ 雨は小雨霧雨なりとも勢あるものなれど雨垂は氣力薄くよさうかどうしやうか行くが如く留るがごとく大に思案する形あればこれ思入の心なり 漢字 霤は雨垂なりこれも雨留るの二字を一字にしたものにて話しかけて留りまた話し出すこと恰も雨垂のぽたりと落て暫らく途切れまたぽたりとやるが如しといふ

用法――一日頓服――こんな事はざふさもなく覺えられる

a
言懸
言遺
b
節略一名云々
c
思入一名餘情
a一 言懸

は話の腰を折られた時につかふ 氣の利かぬこと夥し

濃楓色三股にいはく

「すりや是ほどまでに思ふても此頼兼が……

「アイ顏見るさへもいやぢやわいなア

なるほどこいつアあやまる

二 言遺

は言懸から見るとずつと見識ありて此は我から言遺して餘情を含む形あり

春色連理梅にいはく

「娘島田は寐て解るといつてやるがいゝ

「そんな事が私に……

なぞと是が美くしい娘がかういふ事を言ふからなるほど餘情があつて妙だといふやうなものゝ言ふ事の品によつては餘情でもない事あり

「貴樣今日は燒芋をおごれ

「今日はチツとどうも……

b節略

、上略、中略、下略、などこれなり他の文章など引用するとき斷章して入用の處だけを出し不用の分を是にて間に合す

端唄淺くともの文句を引用するとき

飛でゆきゝの編笠をのぞいて來たか濡燕鳥……

「オヤとんだいゝ聲だよ

c思入

正本通言に曰く⦅思入⦆は詞を切て思案する體互に目と目と見合するなど⦅氣味合⦆⦅心持⦆云々儲光義が長安道に含㆑情無㆓片言㆒これを和朝ぶりに申すときむば⦅いはぬはいふにます思ひ⦆――これサ節などをつけてヱヽどうも氣障な恐れるのウ思入の「……」は顯にかくよりは書ぬに趣味{おもむき}ある塲合を見はからひてつかふと知るべし 生して錢をつかふよりは容易けれど鋏をつかふよりはよつぽど呼吸ものなりあまりやたらに用ふときは小紋帳だなどゝいはれ卷中の人物はすべてどもりではないかと讀者{よみて}にいらざる苦勞をかけることあり可謹可恐{つゝしむべしおそるべし}

嵩雪が鉢叩の句に

風にすつる瓢もあるを……鉢叩

端唄とやらに

じつと手に手を……何もいはず二人して吊る蚊帳の紐 (此時カンチクルヰめヒいふ聲戸外{おもて}にて聞ゆ其所以を知らず)

くろだ・りゅーのすけ(黒田龍之助);2005/3;その他の外国語―役に立たない語学のはなし―;

;現代書館;2,000円(借覧);四六判;縦組;上製;260頁;;ISBN4-7684-6892-6;

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