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五十三 途轍も無い
法外なることを言ふに、途も轍も法に縁ありて宜しき樣なれど、途轍といふ語あるべくもあらず。「途方モナイ」「方圖モナイ」といふ語ある、途方・方圖は主格名詞なるが、又「トテモ無イ」といふ語もある、其の「トテモ」は「云々トアリテモ」の義にて副詞なるを、俗には混同して種々なる訛語を作り出せるものゝ如し。まづ「トテモ」を「トツテモ」「トンデモ」など促音撥音に變じては、「飛ンダ事」などいふ奇語も出で來て、「トンデモナイ事」と同義に用ゐ、打消の徒消かとも疑はるゝに至れる他方面には、「トツテモ」といふ音を上下して「トテッ」「トテツ」と變じ遂に「途轍」など字面も工夫し出されたりと思はる。さて此の途轍に途方の「方」か「ポウ」といふ接尾語かを添ふれば「トテツポウモ無イ」となり、其の第一音の「ト」を省きて「テツポウモナイ」のナイを「無」として上に冠すれば「無鐵砲 《 ムテツポウ 》 」といふ一新語をも成すと解することを得べし。(「無手一方 《 ムテイツパウ 》 」よりも「ムテツポウ」といふ語は成るべきか。)
五十四 何卒、却々
「何トゾ」のテニヲハなる「トゾ」に「卒」の字を宛つること審ならず。もしは「卒 《 ソツ 》 」を「ソト」と假り、それを上下して「トソ」とせるか。或は又「卒」を「ソ」の音に用ゐて、テニヲハの「ト」をば書かずして讀ませたるにや。「ナカ〳〵」といふ語は解しにくゝ言ひ難き語なり。之に「却々」を宛つるは「却 《 カヘツ 》 ツテ〳〵」の義なるべし。
五十五 計、斗、果敢、羽織
「バカリ」といふテニヲハに「許」を宛つるは之を接尾語風に見て其の義を取れるものなれば、正字とすべし。「計」は「ハカル」といふ動詞なるを「バカリ」に用うるは假借なり。「斗 《 ト 》 」の字にも「ハカル」といふ義あれど、我が國にての使用の沿革を見るに、古は「計」のみ用ゐて「斗」を用ゐず、其の「斗」に變れるは「計」の草體にして「斗」とやうに書きても尚「計 《 ケイ 》 」の字なりしなり。「果敢」を「ハカ」とよむは、義を取れるか「クワカン」の變音を取れるか、明ならず。羽織は「ハフリ」の假借にて假名も違へるは誰しも知れることなり。
五十六 肥立つ
重箱讀なるがいぶかしきなり。「日立ツ」に從ひて肥え太るべき道理なるより混同せるなるべし。
五十七 不圖、吹聽
「フト」は「フイト」「フツト」とも言ひて固有の形容語なり。「ハカラズ」の不圖に似通へる處はあれど、なほ非なり「フイチヤウ」は「風 《 フウ 》 聽」の「フイ」と轉じたること「由 《 ユウ 》 緒」を「ユイシヨ」といふが如きなりといふ説當りたらん。「吹 《 フイ 》 」ならば「フキ」の音便にて訓なり。
五十八 臠、見舞、味方、土産
「見ル」の尊他敬語に「メス」「御覽」の外に「ミソナハス」といふ語あり。此は古くは「所見行」などゝも書きて「見備ハス」「見備へ賜フ」義にて「見ソナフ」と言ひしこともあり。(古事記傳には「所見行 《 メシオコナハス 》 」の約言と説けり)此に「臠」の字を宛つること何時頃よりにや、馬琴の物に見し覺あれど慥ならず、又其のいはれも考へ得ず。「臠」は細く切りたる肉にて、新撰字鏡に「力袞反、上、肉乃奈万須 《 シヽノナマス 》 」と訓じたり。此の「シヽノナマス」の「シ」を「ミ」に、「ヽノ」を合せて「ソ」と誤り、「ミソナマス」のやうにある惡書を見て珍しさに誰ぞの人の用ゐそめしなどにやあらんといふ説など參考に供すべし。
「見舞フ」の「舞」の字解しがたし、「仕舞」の舞も同じ。案ずるに此は一種の動詞の接尾語「マフ」(「數 《 カズ 》 マフ」「分 《 ワキ 》 マフ」などの)の假借なるべし。「味方」は「味」の外に「身」「御」あり、語意を考ふるに「御」ならざるべからず。又「面白味」「厭味」「辛味 《 カラミ 》 」「酸味 《 スミ 》 」などの「味」も漢語名詞の「味」にはあらずして形容詞を名詞にする固有の接尾語「み」ならざるべからず。「辛味 《 シンミ 》 」「酸味 《 サンミ 》 」の時の「味」は正字なり。「土産」を一般に「ミヤゲ」と讀ますことは不當なり。「土産」「土宜」を「ミヤゲ」にすることは多けれど、「ミヤゲ」は土産に限れるにあらず。「ミヤゲ」の義は「御上 《 ミアゲ 》 」即「御献物」なりともいへど、從ひがたし。さては「御上 《 オアゲ 》 物」の義となりて、己の献物にあらで、前者又は第三尊者の献物となるべし。此は受けたる人が頂戴し「見上 《 ア 》 グル」より言へるにはあらじか。
スティーブン・ピンカー[著]・むくだ・なおこ(椋田直子)[訳];1994=1995/6,7;言語を生みだす本能[上][下];
NHKブックス[740,741];日本放送出版協会;(借覧);B6判;縦組;並製;312,325頁;;ISBN4-14-001740-6,ISBN4-14-001741-4;[原題]Steven Pinker, The Language Instinct : How the Mind Creates Language
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