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四十六 左樣、沙汰、洒落、相
「然樣」「定」の義なることは誰もいへり。「洒落」と「シヤレ」と混同せる近世人は實に國語に對して知覺を失へるものなり。「シヤレ」は「アザレ」「サレ」のサの拗音に變じたる者のみ、「ブリ」「メカシ」など、義近き處あり。次に、物の樣相をいひ噂の意に「サウ」といふ語あり。言海に「サマ」の音便と釋せる、一理あれど、サマをサウといふこと、「寢樣」の外には今用ゐず。此のサウを地方によりては「ゲ」とも「風」ともいふ、「風」は字音に相違なきが、「樣」も「相」もよく國語に化したるもの、「人相」「家相」「福相」「貧相」の類枚擧に堪へざるばかりなれば、字音の「相」と見る方適切なるが如し。(尤「相」は「スガタ」にて、「サマ」といふと格段なる意義の差別はなし)此の「相」の字果して正しき時は、「樣」「状」は「音に訓を宛て」たる類となるなり。
四十七 併、仕事、自墮落
「シカシ」「シカシナガラ」に「併」の字を書くこと、今の人のいぶかしく思ふは道理なり。此の語「シカ」は「然」、「シ」は「爲」にて「アリ」の強めにて、「サナガラ」(全然、宛然)と同義なるが、「ナガラ」といふ語には順接逆接平接の三用法ありて、「讀みながら書く」(平)、「書くことは書きながら、讀むことは能はず」(逆)など言ふ如く、一方「サナガラ」の意をなす外に他方には「然アリナガラ」「然レドモ」の義をもなすなり。而して前者は古義にして後者は新義なるが、文字は古の儘なるにより、此の字は古義を以て解かざるべからず。即鎌倉以後の通用語なる「是併」といふは「是トイフモ總ベテ」などの義、「併期㆓面謁㆒」といふは「委細拜眉縷述可致」と同じく、一通は言ひたれども「スベテハ」面謁を期すといふが如く、併加・都合・只管に近く「併」の字の義明に見えたり。されば日本紀には「一切」を「シカシナガラ」と訓じ、新撰字鏡に「傾城」の下に「擧城也(中畧)城志加志奈加良」と訓釋せるは、「城ヲ傾ケテ」「城コゾリテ」「城スベテ」「城サナガラ」などの義なり、實地に用ゐたる古き例は日本靈異記中第廿七に「女二指以取㆓國上(守ナリ)居床端㆒居摠持㆓出於國府門外㆒(中略)船荷載惣亦一町程引上而居」とある字訓に、「居惣〈二合、ス/惠ナガラ〉」「載惣〈下云、/奈何良〉」とありて、「居ヱナガラ」「載セナガラ」と讀むなり。又同書下第十に「午時發㆑火惣家皆悉燒滅」とある字訓に「惣家〈シカシ/ナガラ〉」とありて「火發りて家シカシナガラ」と讀ませたるものゝ如し。(又「都廬」を「シカシナガラ」と訓みたるも見しことあれど何書なりしか今思ひ出でず)擧も惣も併も一切も都も皆「サナガラ」の義に用ゐたる上は「併の字に疑あるべからず。されば今の文に「シカシ」を「然シ」「而シ」など書かんは必不當とにはあらねど、慣用の儘に「併」の字を用うること何等の不理なく寧穩當なる用法と定むべきなり。此等の説、俚言集覽に出でたれど、該書に誤植ありて讀み下し難き處もあれば、今其の要を撮り補訂して此に擧げたり。
仕事・仕合・仕出・仕上・仕舞などの「仕」はすべて「爲」の假借なり。此は候文には「爲」の字を使役にのみ用ゐ、又スル事を敬語に仕といふ其の仕なるより之を「爲」に宛てゝ一種字面上の體裁をつくろひたる者と見ゆ。(支度・始末をも仕度・仕末など書くは許すべからず)ジダラクは固有の形容語「ジダジダ」「ダラ〳〵」などの意なるを「自墮落」など宛つるは意義を損す。
なかはら・まさや(中原昌也);1996/11;ソドムの映画市 あるいは、グレートハンティング的(反)批評闘争;
映画秘宝コレクション2;洋泉社;1,400円(借覧);四六判;縦組;並製;222頁;;ISBN4-89691-576-3;
ふくだ・つねあり(福田恆存);1981/10;問ひ質したき事ども;
;新潮社;1,200円(1,000円);四六判;縦組;上製;213頁;;;
みやざき・てつや(宮崎哲弥)/おの・のぶかつ(小野展克);2004/2;ドキュメント 平成革新官僚 「公僕」たちの構造改革;
中公新書ラクレ119;中央公論新社;760円(100円);新書判;縦組;並製;232頁;;ISBN4-12-150119-5;
ひがき・たかし(日垣隆);2005/3;売文生活;
ちくま新書523;筑摩書房;780円(借覧);新書判;縦組;並製;266頁;;ISBN4-480-06223-8;
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