をトチと讀む、之を和字といふは例の難は無かるべし。さらば如何なる義にて造れるぞといふに、答ふる由なし。此の字又「
」とやうにも書くは、畫の類似にて定めて誤ならんと思はるれど、栃を正とし
を誤と判斷すべき典據はといふに、今の通用の多少の外には又答ふべき由なからん。言海には杤といふ字を當てたるが、世には杤と書くことも無きにあらず。又橡の字あり、杼の字あり。此等六字の中に何か正しきと言はゞ、今の漢字書本位の人は「橡」を取るべきか。されど此はツルバミとも讀む字にて、トチには限らず、又漢字は物名に當つること最困難にて殆推定しがたきものさへ有るを思へば、生物知のやうに斷じ過ぐるもいかゞなり。「杼」は、莊子に「杼栗」とあるより栗の屬トチならんと推定せるものか、櫲樟の櫲の傍を二分して杼とも橡とも書けらんものと見ゆるはなど思はるゝもをかし。とまれ今の人は普通名詞には此の二字の中を擇ぶなるべきが、地名に至りては、前の四字の中を書くことなるべければ、今はもはら其の四字を沙汰すべきなり。古書を調ぶるに、類聚名義抄に「杤」をトチと訓じたれば、よし傳聞の誤ありとしても新しきにはあらじ。百をドヾ又ドンドと讀み、「度」を加へて![]()
(重松イフ、
ニアラズ)字は絶えて古書に見ざる所、云々。トチは元樹名菓名にして橡杼もしくは杤字を充用す。其杤は本邦制作の文字なれど、十千を萬とするの義に取る、會意曉然たり。鎌倉大草紙、結城陣の交名の中に、朽木・加園と見えたるは、必定本郡杤木・加園二地の在名を唱へし將士なり。
字に至りて殆他に所見なし、恐らくは淺人の所爲に出で、官公誤りて之を依用したる者のみ。
字は漢字典にも見えず、全く出據を缺ぐ)國誌、杤に作り、地誌提要、橡に依れり、尊攘記事は櫔字を用ゐたるが、亦一譌を加ふるのみ。
と記せり。此の文にて、栃も
も
も皆訛字なるを知るべく、櫔に至りては漢學者の愚たゞ滑稽と謂はざるべからず。思ふに、杤の字は朽に誤られ、さてはクチと讀むべきに気づき、上に雁埀の二畫を増せるものが、栃![]()
の三字となれるなるべし。さて十千の万は
と作るべからざれば、
の訛字、
の重訛なるは爭ふべからざるが、万は卐の變形字なりとすれば、漢字の根本に於いて万と
とも畢竟何の擇ぶ所なしと言はるべく、
も
も許容せられざるにはあらじ。橡杼杤![]()
栃
櫔、あゝ紛糾訛誤も是に至りて極れりといふべし。余は政府が速に栃の如き愚字を捨てゝ造字本初の杤の正しきに依らんことを希望して巳まざるものなり。
ここまで「国学院雑誌」第18巻第5号掲載分。
は後半でてこなくなつちやふけど、
と同じ字のつもりなのかな。
;汲古書院;(借覧);A5判;縦組;上製;2+398頁;;ISBN4-7629-3520-4;
講談社文芸文庫[こ J2];講談社;950円(借覧);文庫判;縦組;並製;266頁;;ISBN4-06-198261-3;[著者]だざい・おさむ(太宰治)/いしはら・しんたろー(石原慎太郎)/おーえ・けんざぶろー(大江健三郎)/みしま・ゆきお(三島由紀夫)/おがわ・くにお(小川国夫)/まるやま・けんじ(丸山健二)/なかざわ・けい(中沢けい)/たなか・やすお(田中康夫)/みやもと・てる(宮本輝)/きた・もりお(北杜夫)/かない・みえこ(金井美恵子)
;大修館書店;(借覧);A5判;横組;並製;xiii+179頁;;ISBN-4-469-24498-8;[著者]わかばやし・しげのり(若林茂則)/すだ・こーじ(須田孝司)
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