片假名「ケ」を「カ」「ヵ」と讀むこと不審なりと一般の人の言ふはさることなれど、誠は此の字の「ケ」にあらずして漢字の「个」なり。个は、古賀の切又居賀の切にて音歌、枚也と釋する字、枚は即「箇」にて今之をヒラと狹く訓ずるには限らざるなり。我が古文にては枚を常に箇の義に用う。箇は説文に竹枝なりと釋し、韻會に「徐曰、人言㆓一箇一枚㆒依㆓竹木㆒而言㆑之」とあり。けだし「个」は竹の字の片傍なるべし。又个は介と相通じ、介は音カイなるよりケともなれば、片假字のケも此の个の字の草形なる平假名「
」より出でたりとも言はる。されば「三ケ日」「十ケ月」など用うるは訛れる中にても正用にて、「鶴ケ岡」「市ケ谷」など用うるは助辭の「ガ」に代へたるにて、更に轉用せるものなりと知るべし。
此の字を「シメ」又は「シメテ」と讀むこと如何なる仔細か明ならず。嬉遊笑覧に「今封のしめを〆と書く是引墨なり。北山抄に封字のかはりに近代は忽引墨とも見えたり」とあり。引墨とは封じ目に斜なる十字形の墨を引くことにて、今も用ゐ、支那にもある風なるが、其の×と二筆に書くこと少し文字らしく〆としたる由なり。然るに安齋隨筆には、之を「卜」の字と見、卜占の卜にて「シム」と訓むより用ゐたるなりと説けり。余思ふに、後説非にして前説正しかるべし。然れば〆は原は符牒に過ぎざりしが、文字の樣になりたるものなり。之を「貫」の字に代用するは一貫を一シメの義に取りたるもの、「合計」の塲合に用うるは「シメ」といふ讀聲より借りたるものなるべし。
を和字と思へる人多し、或はさも言ふべし。されど此は「錢」の一體なる「
」の少しく畫を變へたるのみにて、尚訛字といふを當れりとすべし。此の「
」の字、支那にては常に「錢」の略筆の如く使用し、我が國にては徳川初世の板本また之を用ゐ、今の「匁」の如く第二畫を横斜に曲ぐることなし。此の字を「錢」の省畫なりとは既に古人の言へる所なるが、余の淺學いまだ其の由來を明に記せる書を見ず。案するに、「錢」の金偏を省ける「戔」の篆體右方の兩點なき「戔」即「
」を重ねたる形を、匆の如く畫の斷續を混視し、「勹」の内の二線を一線にしたるにもあるべきか。然らば「
」の第二畫を曲折して今の「匁」と作るも、原形より見れば無理なる訛にもあらざるべし。錢は錢貨の稱にして又量の名、一錢量を一文目といふは錢を文に代へたるのみ、「一匁」を一文目と呼ぶは
NHKブックス[1012];日本放送出版協会;1,200円(借覧);B6判;縦組;並製;301+41頁;;ISBN4-14-091012-7;[原題]Steven Pinker, The Blank Slate
双書エニグマ(1);勁草書房;(借覧);四六判;縦組;上製;vi+233+22頁;;ISBN4-326-19904-0;
ちくま新書546;筑摩書房;700円(1割引);新書判;縦組;並製;215頁;;ISBN4-480-06246-7;
FC[こ-3-1];祥伝社;905円(550円);A5判;;並製;175頁;;ISBN4-396-76361-1;
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