此の字を「アテ」に用うるは王朝の頃よりありしにや、古書にも多く見えたり。今「アテ字」といふ語を「充字」「當字」など記さんも通ぜざるにはあるまじきも、「當字」は「アタリ字」とも讀むべく、「充字」は字を
こゝに我が通用文字の筆畫の沿革を案ずるに、畫の繁なるは之を減じ、簡なるは之を増し、或は多少の變更を行ふこと甚自由なりし形跡あり。本誌には活字の都合にて其の二三をも紹介すること能はざれど、唯その一例を擧げん。伊奘冉命の「冉」の字、今は「冊」に作り、伊奘諾命と並べては「
」及種々の形に記せる、皆「冉」の字の變形にして、「冉」は「タン」「ダン」「ナン」の音、其の撥音は「ム
」即「死」の字の上に一點を加へたる者なりしなり。かく言はゞ人或は言はん、『アテの字果して「充」の訛變ならば、何を苦みてさる訛字を用ゐん、「
「宛」の字又「ヅツ」といふ接尾語に宛つることあり。此は事柄をそれ〴〵一々に宛つる意味より轉用したるものなるが、接尾語助辭などに強ひて漢字を宛つることは過去の陋習にして且今はあまり行はれざることなれば、「ヅツ」は假名を用ゐて書くを善しとすべし。
「宛」字については近年だと乾善彦先生に論があつた筈(だけど内容をよく覚えてない)。2つ目の画像でしめした字が、「死」の字の上に一點を加へたる者
になつてないのが御愛嬌だなあ。
NHKブックス[1010];日本放送出版協会;1,120円(借覧);B6判;縦組;並製;261+40頁;;ISBN4-14-091010-0;[原題]Steven Pinker, The Blank Slate
;河出書房新社;1,200円(借覧);四六判;縦組;上製;122頁;;ISBN4-309-01338-4;
異言。(同い年かあ。)
;河出書房新社;1,400円(借覧);四六判;縦組;上製;150頁;;ISBN4-309-01549-2;
短篇集。ずつとむかしに山本周五郎の「栄花物語」をよんだときに、田沼時代のはなしなのに現代の経済用語が無造作につかはれてゐるのに(だから駄目といふのではまるでなくて)非常に不思議な感覚を味つた記憶があるのだけれど、現代日本の女子校に聖書のエピソードが(ややパロディぽく)投入される本書にもくらくらくる(三島賞受賞をうけての「新潮」誌での笙野頼子との対談によると本書の著者はロシア正教徒だといふことだつたと思ふ)。表題作はちよつと毛色がちがふ感じ。
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