the view from nowhere : 2005-06-24 (Fri)

Article

たきうら・まさと(滝浦真人);2005/6;日本の敬語論――ポライトネス理論からの再検討;

;大修館書店;2,000円(2割引);四六判;縦組;上製;xiv+315頁;;ISBN4-469-22171-6;

なかなか面白い。以前、エピグラフにひかれてゐるGeorge YuleのPragmaticsをよむ授業をとつてたことがあつたけど、結局身についてないなあ。といふわけで後半はよくわかつてゐないのだけれど。

しだ・ただし(志田唯史);2001/9;漢字って、もともと、そういう意味だったのか――漢字のルーツを探る;

角川oneテーマ21 B-14;角川書店;571円(250円);新書判;縦組;並製;223頁;;ISBN4-04-704051-7;

おもに加藤常賢と白川静を比較してゐる。よみよかつた。一貫性から、白川説に軍配をあげてゐることがおほいやうな気がする。白川静はどこかで加藤常賢のことを暗になんでも不具の侏儒にむすびつける僻説者とか書いてなかつたつけ。

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森 洋介
白川發言は『文字逍遥』所収「文字学の方法」(平凡社ライブラリー版320頁)ですね。加藤常賢も負けてゐません、講義録中に「そんな見てきたような嘘を言って。」「証拠のないこと、言っちゃいかんて」と名古屋辯丸出しで白川批判してゐるのが見られて愉快です。深津胤房編『維軒 加藤常賢 学問とその方法』113頁参照。まあ考古學者を「あんなの墓掘りだがや」と揶揄する位なので、甲骨よりも金石文が主といふ、對象とした筆記媒體の差もありさうですが。加地伸行の『孔子 時を越えて新しく』等では白川・加藤兩説併用でした。これに藤堂明保を加へて漢字學三つ巴で對照すると、さらに樂しめるかも?
猪川
御教示どうもです。「文字学の方法」の執筆動機になつた、藤堂明保「《書評》 白川静『漢字――生い立ちとその背景』」(『文学』第38巻第7号、1970年7月号、106-112頁)を最近やうやくコピーしてよんだのですが、私の理解でいふと、白川説は、漢字字形に対する殷代祭祀階級での共時的な意味づけの体系でしかない、といふことだと思ひました。漢字漢語の性質上、字源と語源とが峻別できないのがむづかしいところなんでせうね。
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