;三省堂;(借覧);A5判;縦組;上製;370頁;;ISBN4-385-30628-1;
マーガレットコミックス;集英社;390円;新書判;;並製;178頁;;ISBN4-08-846017-0;
ちよつとだれ気味かなあ。そして映画化、藤澤恵麻は可愛いけど違ふくない?
花とゆめCOMICS;白泉社;390円(借覧);新書判;;並製;198頁;;ISBN4-592-18096-8;
楽しくよみました。
日本の近代12;中央公論新社;2,400円(借覧);四六判;縦組;上製;374頁;;ISBN4-12-490112-7;
;慶應義塾大学出版会;(借覧);四六判;縦組;上製;4+viii+301+6頁;;ISBN4-7664-1170-6;
福沢の「演説」をめぐつて丁寧にまとめられてゐる印象。図版も沢山あつて興味深い(161頁の「巧言令色亦是禮」とある福沢筆の書幅を、キャプションにも本文にも、巧言令色是亦礼
、とあやまつてゐる)。
前島密の「漢字御廃止之議」について、伝えられるような将軍への建議が実際にあったのかについては若干の疑問があるようである
、として野口武彦が参照されてゐるけど、一説として言及の必要はあるのかなあ(この「疑問」については、漢字御廃止之議 - Wikipediaに詳しい。ちなみに私は飯田晴巳『明治を生きる群像―近代日本語の成立―』で知りました)。この件については阿久澤論文と独立に、池田証寿「漢字というものの現在[連載第5回] 前島密「漢字御廃止之議」存疑」(『季刊d/sign』no.5)が検討してゐて、小冊子以前にすでに「中外新聞」第11号(明治2年4月26日)に建白書の紹介があること、「東京茗渓会雑誌」への掲載が小冊子へとまとめられたのであらうこと、大槻文彦書入れの経緯の推測などが論述されてゐる。
Wikipediaの「ノート」で、転載ではないかとうたがはれてゐるけれど、すくなくとも最後の1文は、安田論文の注6の一部とほぼ同文。『脱「日本語」への視座 近代日本言語史再考II』所収のものと比較して示すと以下のとほり。
| Wikipedia | 安田論文 |
|---|---|
| この点について、野口の見解は史料的に不十分であること、そして事後的に手を加えた可能性もあるが、前島の言明は大筋で認められるのではないかということを、さまざまな原史料にあたって考察したものに、阿久澤佳之『前島来輔『漢字御廃止之議』の成立問題』(立正大学文学部史学科卒業論文、1999年)がある。 | この点について、野口の見解は資料的に不十分であること、そして事後的な加筆の可能性もあるが、前島の言明はおおすじでみとめられるのではないかということを、さまざまな原資料にあたって考察したものに、阿久澤佳之『前島来輔『漢字御廃止之議』の成立問題』立正大学文学部史学科一九九九年度卒業論文(逓信総合博物館にて閲覧可)がある。 |
池田論文への引用を見ると、強調した異同のうち「に手を加えた」「大筋で認め」は、安田論文も初出ではWikipediaと同形だつた模様。
新潮文庫[ほ-11-2];新潮社;400円(15円);文庫判;縦組;並製;247頁;;ISBN4-10-144922-8;
日本の歴史 第17巻;講談社;2,200円(借覧);四六判;縦組;上製;8+382頁;;ISBN4-06-268917-0;
全体史なあ。
;風間書房;4,500円(借覧);A5判;縦組;上製;16+664頁;;;
;三省堂;2,233円(借覧);四六判;横組;上製;III+184頁;;ISBN4-385-35714-5;
歯がたたない。この著者はもしかしたら神話学の吉田敦彦となんか関係あるのかとも思つてたのだけれど、なさげ。
講談社学術文庫1378;講談社;960円(借覧);文庫判;縦組;並製;324頁;;ISBN4-06-159378-1;
これはどうなのかなあ。
確かに仮名書きした七世紀の木簡の出土を予見した「人麻呂の表記の陽と陰」ほか18の論文を収める。
;小澤書店;(借覧);A5判;縦組;上製;397頁;;;
ハヤカワ文庫<JA618>[シ-1-1];早川書房;540円(100円);文庫判;縦1,2段組;並製;245頁;;ISBN4-15-030618-4;
なかなか面白かつた。コメントの呼吸を見習ひたい。
表紙・目次イラスト 橋本治、とあつてこんな為事もしてゐたのだなあ、と思ふ。この前後の号もさうなのかな。巻頭座談会の参加者で存命なのは谷沢永一だけかあ。
;新潮社;1,700円(借覧);四六判;縦組;並製;360頁;;ISBN4-10-398205-5;
つじつまの合うところや、意味や構造の明確なところを拾って論じていけば、作品はいくらでも明確に感じられて、理解しやすいようになるものだけれど、作品はそれだけで作品になっているわけではない。
応用言語学講座 第1巻;明治書院;3,800円(借覧);A5判;縦組;上製;314頁;;;[執筆者]きたはら・やすお(北原保雄)/じょーお・はくたろー(城生佰太郎)/しんどー・さきこ(進藤咲子)/まえだ・とみよし(前田富祺)/にった・よしお(仁田義雄)/わたなべ・みのる(渡辺実)/もりた・よしゆき(森田良行)/もりの・むねあき(森野宗明)/こまつ・ひでお(小松英雄)/はやし・ちかふみ(林史典)/あいはら・しげもり(相原林司)/うめず・あきひと(梅津彰人)/こばやし・かずひと(小林一仁)/たなか・のぞみ(田中望)/てらむら・ひでお(寺村秀夫)/ほりぐち・すみこ(堀口純子)/さくま・まゆみ(佐久間まゆみ)/いぬい・よしひさ(犬井善壽)
;勁草書房;3,500円(借覧);四六判;縦組;上製;xi+359+xix頁;;ISBN4-326-65307-8;
;藤原書店;2,500円(借覧);四六判;縦組;上製;316頁;;ISBN4-89434-457-2;
日経ビジネス人文庫[た 2-1];日本経済新聞社;695円(350円);文庫判;縦組;並製;8+250頁;;ISBN4-532-19058-4;「秘宝 三十六歌仙絵巻の流転――絵巻切断」を改題再編集
叢書・ことばの世界;南雲堂;1,600円(借覧);四六判;縦組;上製;212頁;;;
;中央大学出版部;(借覧);A5判;横組;並製;243頁;;ISBN4-8057-6153-9;
;日本経済新聞社;1,500円(借覧);四六判;縦組;上製;iii+252頁;;ISBN4-532-09312-0;
;臨川書店;4,800円(借覧);A5判;縦組;上製;vi+270頁;;ISBN4-653-00887-6;
;西田書店;1,600円(借覧);四六判;縦組;上製;213+4頁;;ISBN4-88866-406-4;
中公新書117;中央公論社;200円(借覧);新書判;縦組;並製;183頁;;;
講談社文庫[よ 28-1];講談社;495円(100円);文庫判;縦組;並製;283頁;;ISBN4-06-273080-4;
;日本放送出版協会;2000円(借覧);四六判;縦組;上製;14+349頁;;ISBN4-14-081055-6;[執筆者]れーぜー・ためひと(冷泉為人)/いのうえ・むねお(井上宗雄)/おぐら・よしお(小倉嘉夫)/あかせ・しんご(赤瀬信吾)/たなか・のぼる(田中登)/れーぜー・きみこ(冷泉貴実子)
;ミネルヴァ書房;2,800円(借覧);四六判;縦組;上製;xv+325+12頁;;ISBN4-623-04298-7;
岩波新書(新赤版)883;岩波書店;780円(借覧);新書判;縦組;並製;vii+244頁;;ISBN4-00-430883-6;
光文社新書221;光文社;780円(400円);新書判;縦組;並製;284頁;;ISBN4-334-03321-0;
;講談社;1,700円(借覧);四六判;縦組;上製;293頁;;ISBN4-06-212246-4;
朝倉日本語講座9;朝倉書店;(借覧);A5判;横組;上製;x+268頁;;ISBN4-254-51519-7;[執筆者]J.V. ネウストプニー/えがわ・きよし(江川清)/うちだ・のぶこ(内田伸子)/おき・ひろこ(沖裕子)/さとー・かずゆき(佐藤和之)/さなだ・しんじ(真田信治)/ダニエル・ロング/にしはら・すずこ(西原鈴子)/はしもと・よしあき(橋本良明)/まつだ・みさ(松田美佐)/おぎの・つなお(荻野綱男)/しぶや・かつみ(渋谷勝己)
まだわかい分野であるなあといふ印象。
;メディア総合研究所;1,600円(借覧);四六判;縦2段組;並製;264頁;;ISBN4-944124-19-8;
「憂鬱と官能」とレイアウトがそつくりなんだけど、問題ないのかな。水曜WANTED!はときどききくのだけれど、パクリ特集のときにふたりで「今夜はブギー・バック」を歌つてたのが非常におもしろかつた。
日本文法新書;至文堂;600円(借覧);四六判;縦組;上製;246頁;;;
りぼんマスコットコミックス クッキー;集英社;390円(1割引);新書判;;並製;189頁;;ISBN4-08-856660-2;
ちよつとごちやごちやしてきた感じ。どう収拾するのかな。
文春文庫[よ-21-1];文藝春秋;562円(100円);文庫判;縦組;並製;315頁;;ISBN4-16-767101-8;
「なぜ」(何故)が、「あに」(豈)→「あぜ」(方言形あり)→「なぜ」といふ風に変化した語だといふ説があるらしいのですが、誰がどういふ媒体でとなへてゐるのかなど、この説の詳細について御存知のかたがいらつしやつたらお教へください。
山中襄太「国語語源辞典」、堀井令以知編「日本語語源辞典」、前田富祺編「日本語源大辞典」、杉本つとむ「語源海」、山口佳紀編「暮らしのことば語源辞典」などを見ても、「なぜ」についてはなにも述べられてゐない。ついでに、漢語文典叢書で「豈」字について言及してゐるものを見てみたのだけれど、「なぜ」にふれたものはなかつた。日国の「なぜ」の「語誌」欄には、ナニセムニ→ナンゼンニ→ナゼンニ→ナゼニ→ナゼ
と変化したとされてゐる(「なぜに」については、原田芳起「平安時代文学語彙の研究」にふれるところがある。また、大坪併治「漢文訓読文におけるナゼニの成立をめぐって」)。大槻文彦「言海」に、
、西垣幸夫「日本語の語源辞典」は、ナンゾの約言としてゐるが、したがひがたい。
伊勢貞丈「安斎随筆」巻之八には、以下のやうにある。
- ナゼと云ふ詞
- 俗語にナゼと云ふはナニなり ナニ転じてナシとなる(ニとシと音相通) ナジ転じてナゼとなる(シとセと音相通) 古き物語の草紙にナジカハもつてたまるべきと云ふ語あり ナジカハと云ふはナニカハと云ふ事なり
「あに」と「なに」とは関係があるやうだから、これは「なぜ」の「あに」語源説に近いかもしれない。
「日本随筆索引」によると、この他に「二上峯」「橘菴漫筆」にも「なぜといふ詞」について書いてあるらしいのだけれど、前者は活字本がなく、後者は日本随筆大成所収の「東牖子」をざつと見たかぎりでは確認できなかつた。また同索引では、「安斎随筆」には「豈といふ詞」についても書いた条があることになつてゐるのだけれど、これも発見できてゐない。
上では「あぜ」の語形について、甲州弁にあることをリンクで示したのだけれど、「物類称呼」には、以下のやうな記述が存する。
- なぜと云事を
- 薩摩にて○なじかいと云 古き歌に
大和かい西はあじかを関東べい都こざんすいせをりやります西土にて あじかを と云も なじかい といふにひとし 総州及東奥にて○あぜといふ 江戸にて○なぜといふ 京にて○なせにと清 ていふ- 案に なぜとは
胡 也 とがめたる言葉也 万葉にあぜそもこよひよしろきまさぬなと詠り 古き詞なり
「安斎随筆」と「物類称呼」の記述は、「俚言集覧」の「なぜ」の項にも引用されている。
上引の万葉歌は巻14、3469番歌。村山七郎「古代語アニ「豈」について」は、この「あぜ」について、アニ・セの合成語とする。ほかに、3369、3434、3461、3472、3513、3517、3576番歌に見える。桜井満編「万葉集東歌古注釈集成」を見るかぎりでは、諸注、この「あぜ」を「なぜ」の意とはするものの、「あに」との関係に言及するものはない。水島義治「万葉集全注 巻第十四」「万葉集東歌の国語学的研究」は、当時の中央語に「なぜ」はないのだから、その変化形とすることはできないといふ。新全集、新大系の万葉集、沢瀉注釈、伊藤釈注にはとくに語源に関する注釈はない。東歌にみえる「あぜ」と、近世から現代の方言形「あぜ」とが同じものかどうかは、よくわからない。
;河出書房新社;3,500円(借覧);A5判;縦2段組;上製;361頁;;ISBN4-309-26780-7;
日本の歴史 第16巻;講談社;2,200円(借覧);四六判;縦組;上製;8+398頁;;ISBN4-06-268916-2;
といふ語は知らなかつた。「かけまい」の音便化したものなのかな。運歩色葉集や日葡辞書に登載がある語みたい。欠米
中国歴史人物選 第10巻;白帝社;1,553円(借覧);四六判;縦組;並製;2+iii+277頁;;ISBN4-89174-227-5;
講談社現代新書433;講談社;390円(100円);新書判;縦組;並製;218頁;;;
;岩波書店;2,600円(借覧);四六判;縦組;上製;xvii+194+40頁;;ISBN4-00-025351-4;
;岩波書店;2,400円(借覧);四六判;縦組;上製;vi+229頁;;ISBN4-00-024751-4;
フィルムについていへば、川'-')<井土、長い! といふ感じ。途中五、六度は意識がとびました。
;文藝春秋;1,800円(借覧);四六判;縦組;上製;355+23頁;;ISBN4-16-366880-2;
勉強になりました。
自分が犯した罪を免れようと云ふ気は、の「よ」の字にママをふつてゐるけれど、これは「様(やう)」ではなくて、意思の助動詞「よう」だから不要。
猛烈と、の「烈」字にママをふつてゐるのは、「猛然と」のあやまりと見てゐるのかなあ。たしかに「猛烈」をタリ形容動詞につかつてゐるのはめづらしいけれど、青空文庫で検索したかぎりでは平出修「逆徒」に
猛烈としていきり立つた、といふ例がある。
ゲッペルス→ゲッベルス。
;アスペクト;1,500円(借覧);四六判;縦組;並製;159頁;;ISBN4-7572-1123-6;
岩波文庫[青 N103-1];岩波書店;1,100円(借覧);文庫判;縦組;並製;559+33頁;;ISBN4-00-381031-7;
岩波新書(新赤版)514;岩波新書;(借覧);新書判;縦組;並製;viii+196頁;;ISBN4-00-430514-4;
叢書・ことばの世界;南雲堂;1,600円(借覧);四六判;縦組;上製;246頁;;;
中公新書1412;中央公論社;780円(借覧);新書判;縦組;並製;iv+249頁;;ISBN4-12-101412-X;
岩波新書(新赤版)599;岩波書店;660円(借覧);新書判;縦組;並製;iv+207頁;;ISBN4-00-430599-3;
むかし「朱子の自然学」をよんだことがあるのだけれど、この著者のよみなほし、まとめなほし作業は面白いなあ。経絡といふのは本来血管のことだつたのか(p.84)。
;学生社;(借覧);四六判;縦組;上製;4+188頁;;;
浜田の同級生で最後の三高校長だった国文学者の阪倉篤太郎
つて阪倉篤義の父親? そして、中国史学者の阪倉篤秀といふひともこの血脈のかたなのかしら。
研究叢書27;和泉書院;15,000円(借覧);A5判;縦組;上製;7+571+16頁;;ISBN4-87088-190-X;
;同朋舍出版;6,000円(借覧);菊判;縦組;上製;419+4頁;;ISBN4-8104-0357-2;
「續東洋學説林」「日本書紀古訓攷證」を収める。
;角川書店;1,300円(借覧);四六判;縦組;上製;203頁;;ISBN4-04-883924-1;
集英社文庫[お-13-4];集英社;514円(100円);文庫判;縦組;並製;250頁;;ISBN4-08-747028-8;
;中央公論新社;1,800円(借覧);A5判;縦組;並製;127頁;;ISBN4-12-003249-3;
日本の近代13;中央公論新社;2,400円(借覧);四六判;縦組;上製;410頁;;ISBN4-12-490113-5;
岩波新書(新赤版)328;岩波書店;602円(100円);新書判;縦組;並製;vii+239+5頁;;ISBN4-00-430328-1;
浜田敦つて、あの濱田青陵の息子さんか何かですか、と書かれてゐたけれど、本書所収の「師 濱田先生」でその次男であることが確認される(長男稔も学者みたい。また同文書は『国語学』全文データベースからもよむことができる)。新村出、吉沢義則から木田章義、大槻信にいたるまでの国語学における京都学派について、だれかまとめてくれないかなあ。追記。遠藤嘉基、日本霊異記訓釈攷の中の、塚原鉄雄、遠藤博士の国語研究、がややこのもとめをにこたへるやうなものだつた。
ジャンプ・コミックス;集英社;390円;新書判;;並製;183頁;;ISBN4-08-873885-3;
岩波文庫[緑 69-4];岩波書店;620円(借覧);文庫判;縦組;並製;340頁;;ISBN4-00-310694-6;
;講談社;2,000円(借覧);四六判;縦組;上製;317頁;;ISBN4-06-212823-3;
生活人新書025;日本放送出版協会;680円(借覧);新書判;縦組;並製;221頁;;ISBN4-14-088025-2;
丸善ライブラリー210;丸善;718円(借覧);新書判;縦組;並製;xi+242頁;;ISBN4-621-05210-1;
;笠間書院;3,800円(2割引);A5判;横組;並製;v+208頁;;ISBN4-305-70307-6;
山田忠雄が伯父なのか(206頁)。
福武文庫[や0801];福武書店;437円(100円);文庫判;縦組;並製;213頁;;ISBN4-8288-3199-1;