……… 和名ぽつ〳〵又ぽち〳〵英語どッてッど、らいん(點線)幾何學にいまじなりい、らいん(想像線)といふ 想像線といへば糸遊かと早合點する人あれど全く別の物なり 想像線は實にその物あるにあらねど假にあるものとさだめし線なり 譬へば「思入」「いひかけ」の穴へこのぽツ〳〵を埋めて此處は一番作者の腹を見せるか又は物語る人の心ありて言葉なきをとやあらむかくやあらむと
さる老人の曰くどうも此頃の草册子の文はまるで五目ずしだよおらのやうな齒のわるいものにやあの具が邪魔になつてならねエその具もいろ〳〵あるが中にも不思議でならねヱのは文字の間に……トのみの糞のやうなもなアありやア一體何だなに話をしかけて留たり思入れある
…… の解は右を本説とす 此外色々あれど大方は古事附にて取るに足らざる妄説なり 其中やゝ參考ともなるべきを左に出す
…… 和名雨垂 古文は多く其物を象りて字とすしかりといへども⦅ぞんじの虚無僧⦆⦅ヘマムシヨ入道⦆⦅山水天狗⦆の如きは盡く後人の僞作にして信ずるに足らず……を雨垂とするも古文の意なること其形を見て知るべし
愚按ずるに水涕涎等の如きは垂れるといへど雨はたれるといはず古諺類聚に雨ふつて地かたまる金地扇にあはれ一村雨のはら〳〵とふれかし老松に大雨しきりにふりしかばなどあり ゆゑに雨垂は春雨村雨時雨夕立など天から直輸入の雨の異名にあらず 軒を傳ふ雨の雫なり柳樽に居候雨垂ほどに戸をたゝきとあるは其音の微なるをいふ 雨は小雨霧雨なりとも勢あるものなれど雨垂は氣力薄くよさうかどうしやうか行くが如く留るがごとく大に思案する形あればこれ思入の心なり 漢字 霤は雨垂なりこれも雨留るの二字を一字にしたものにて話しかけて留りまた話し出すこと恰も雨垂のぽたりと落て暫らく途切れまたぽたりとやるが如しといふ
用法――一日頓服――こんな事はざふさもなく覺えられる
は話の腰を折られた時につかふ 氣の利かぬこと夥し
濃楓色三股にいはく
「すりや是ほどまでに思ふても此頼兼が……
「アイ顏見るさへもいやぢやわいなア
なるほどこいつアあやまる
は言懸から見るとずつと見識ありて此は我から言遺して餘情を含む形あり
春色連理梅にいはく
「娘島田は寐て解るといつてやるがいゝ
「そんな事が私に……
なぞと是が美くしい娘がかういふ事を言ふからなるほど餘情があつて妙だといふやうなものゝ言ふ事の品によつては餘情でもない事あり
「貴樣今日は燒芋をおごれ
「今日はチツとどうも……
、上略、中略、下略、などこれなり他の文章など引用するとき斷章して入用の處だけを出し不用の分を是にて間に合す
端唄淺くともの文句を引用するとき
飛でゆきゝの編笠をのぞいて來たか濡燕鳥……
「オヤとんだいゝ聲だよ
正本通言に曰く⦅思入⦆は詞を切て思案する體互に目と目と見合するなど⦅氣味合⦆⦅心持⦆云々儲光義が長安道に含㆑情無㆓片言㆒これを和朝ぶりに申すときむば⦅いはぬはいふにます思ひ⦆――これサ節などをつけてヱヽどうも氣障な恐れるのウ思入の「……」は顯にかくよりは書ぬに
嵩雪が鉢叩の句に
風にすつる瓢もあるを……鉢叩
端唄とやらに
じつと手に手を……何もいはず二人して吊る蚊帳の紐 (此時カンチクルヰめヒいふ聲
戸外 にて聞ゆ其所以を知らず)
! 英吉利にて⦅えきすくらめェしよンぽィんと⦆といふ 字典を見るに⦅喜怒驚懼等の感情を表す記標⦆とあり 和名なし只手輕に⦅よ⦆の字の記標などゝをかしき諢名をつけて專ら重寳がる 呼懸の時にも
案ずるに!は鐵砲の口から
じヲふれィ ちよヲさァの詩に(博學でゐらしやる事)
“Mine heart's queen!--alas my wife,”
因にいふ此先生はよく〳〵鼻の下ののびた御方なり此は女房を賞美したる詩中の句にしていふ心は
⦅わが心を支配したまふ女后!を誰と思召す即ちわしがお内儀樣⦆どうです御挨拶ではござりませむか――底の知れぬヱとんちきだ
八重梅に
逢たさ見たさは飛立つばかり!籠の鳥かや!恨めしや!
孟浩然詩に
分手脱相贈 平生一片心!
東湖愛瓢歌に
瓢兮! 瓢兮! 吾愛汝!
? 英吉利にて⦅くェすしよンまァく⦆といひ疑問標と譯す
? は耳の形なり 耳は音聲を聽きとる道具なればもし聞えぬのは
一説に?は耳の形にあらず耳掻の形なり 耳垢があんまり溜つて聞えないのだからよくほじつてさア今度はたしかに聞えるからもウ一度といふ心持を圖に彰はしたものなり――おやこの銀は性が悪いよこらこんなに曲ツちまッてサといふ姿
又一説に?は蕨にも似たり
由縁江戸櫻に
助六さんその鉢卷はえ?
此鉢卷の御不審?
とせりふありて上るり「此鉢卷は過し頃」とよろしく振あり……あの狂言は華美でいゝね
くォてェしよンは引用標と譯す 歐洲にては“ ”此記號なり
恰も口説した二ツ巴のごとくお玉杓子の道行のごとし引用せし章句の前後に用ふ
It is true that, “Never durst poet touch a pen to write until
his ink were temper'd with love's sighs.”
記號の中の句はしェくすぴァの“Love's Labour's Lost”にあり 此句を譯するときは作者の風儀紊るゝゆゑ此處にしるさず もし問ふものあらば 粹なる哉此翁といやにすまして居るべし もウ少し大家ぶらまくほりせば ⦅鎭州蘿蔔從來大也⦆
第二の用は文章中に談話のまゝを挿むときなり 當代の小説みな此法に從ふ
男は目を怒らし
“何をしやがるンでエ”
女は口をすぼめ
“御免遊ばしまし”
男“うウ堪忍をしてやる”
然りといへどもお玉杓子の道行は日本文に
(a)「は鍵の形なり 何ゆゑに言語の記號に此を用ふかと云に 言語は口より發す(鼻へぬけるやうになつては萬事休矣)そこで口は禍の門物いへば脣……(承知々々)門は木戸なり歸去來賦門雖設而常關とかう不性でも恐れるが門はしまりをよくして置ねば物騷なるゆゑに戸じまりを嚴重にする事なりそれには錠といふやつをおろす 額の小三は帶の下におろし梅の由兵衛は紫の綴頭巾におろせり其外女といふ字酒樽壺皿にもおろしてある額を見ることあれど何の
扨
又一説に紋帳を引て紋を二重にかきたるを影といふ影の桐影の蔦などあり通常のでもないと少し意氣がつて影を好む『もまたさの如く「を影にしたまでの事ゆゑ「の替紋ともいふべきか
⦅ ⦆も形こそ變れ用は同じことなり 愚按ずるに⦅は青海波のくづしなり 青海波は寛永錢の
══も同じ記號なり 此圖は棒二本なり二本は
―― 原名だッし字義をあて音を似せ「脱志」と書くべしとなり脱志は前に述べたる
案ずるに脱志 の字は本義ならむか志は誌なり脱けたるを誌すの義にして前文前語(産前産後とも聞えず)の不足を補ふ心なりされど今は色々に用ゐて重寳す 一寸考へても御覽じやい ――は折鍼の象なり
一説に電信早學を引て符號ヽを「とン」と言ひ――を「つゥ」といふ「つゥ」は通なり此はちと僻説かも知れぬ句双葛藤抄に下喝行棒の句あり正法眼藏に七十二棒痛痒誰瞞とありて禪家にては問答のつまッたり
******* 原名「すたァ」星なり亞米利加の國旗にて誰も知る處なり さる男此旗を見て金米糖の河流といひてぺるりに怒られしといふ話あり我日丸の御旗が難有くば星だとて自分の國旗は難有かるべし洒落も所嫌はずにはいはぬ物なり誹諧に「さりきらひ」といふ
ちゝちゝ――ぼァん此で幕とは偖〳〵あッけない
底本 : 日本近代文学大系 第5巻 尾崎紅葉集(角川書店、昭和46年)