明治三十三年一月帝国教育会仮名調査委員 国語国字に関する決議

○ 仮名調査委員議決

文をば縦行に記すこと(横記の説を採らず)
(小数説)縦行にして右より左へ記しもて行くこと
片仮名、平仮名併用すること(其一を廃せず)
仮名の字形に改革を施さず(活字を横広く作るなどは此限りにあらず)
同音の仮名に数種あるを各一種に限ること(即ち変体仮名を廃すること)左の如し
    あいうえを        アイウエヲ
    かきくけこ        カキクケコ
    さしすせそ        サシスセソ
    たちつてと        タチツテト
    なにぬねの        ナニヌ子ノ
    はひふへほ        ハヒフヘホ
    まみむめも        マミムメモ
    や ゆ よ        ヤ ユ ヨ
    らりるれろ        ラリルレロ
    わ            ワ
    ん            ン
(小数説) 「が」「に」を存してテニハに限りて用ゐる仮名とすること
(小数説)「〈志〉を字母とする異体仮名」を存して「し」の方を一語の中又は末に、用ゐる仮名とすること
「こと」の合字」「「より」の合字」「「也」の崩し字」「「トキ」の合字」「「トモ」の合字」を廃す
(小数説)用ゐるも妨げなしとすること
拗音は下の字を右の方へ寄せて記す「キャ」「シュ」「チョ」「きゃ」「〈志〉を字母とする異体仮名ゃ」「ちょ」の如し
促音も右の方へ寄す「ヲット」(夫)「ほっす」(欲)
「チヽ」(父)「はゝ」(母)「ヤマ〳〵」(山々)「かわ〳〵」(川々)等の「ヽ」「〳〵」の符を廃すること
「メートル」「ピーター」「アルコール」等の「ー」符を廃して「メエトル」「ピイタア」「アルコヲル」と記して引く音の標に右の旁に‐を付くること(声を切るべき場合と区別せんとてなり)
(小数説)右の旁に標を付くるを不用とす
一 固有名詞には左の方に竪線を引くこと(原案なり但し右なりしを左に修正せり)
一 常の仮名を大振りに書きて頭字{キヤピタア}とすること(竪線を用ゐず)
一 竪線も頭字も不用なり
右の三説は各三人同数にて決し得ず
十一
仮名の中に「お」「オ」「ゐ」「井」「ゑ」「ヱ」を廃す
(小数説) 「お」を存して「を」を廃す
十二
濁音の「ぢ」「ヂ」「づ」「ヅ」を廃す(「ジ」「ず」にて兼ぬ)
十三
従来の仮名づかひを廃して一切発音のまゝを写す但し「おもう」(思)「つくろう」(繕)「かこう」(囲)「さそう」(誘)の類は末の音を「う」と記して「を」とは記さず(他の波行四段の動詞の語尾皆「う」なればそれと一致せしめんとてなり)
十四
従来の字音仮名づかひをも廃して発音のまゝに写す 即ち「キャウ」(京)「キョウ」(興)「ケウ」(教)「ケフ」(夾)等すべて「キョウ」と記す但し引く音の標‐を右の旁に付く
十五
単語{コトバ}と単語との間を離す
十六
一 テニハと助動詞とは上の単語に付けて付す(原案)
一 テニハのみ上の単語に付くる但し場合に因れば助動詞も付くる右二説三人づゝにて同数なり
(小数説)テニハも助動詞も離す
十七
句に「。」を用ゐ読に「、」を用ゐること
十八
文は言文一致なるべきこと
十九
文中の用語には成るべく字音の語を避くること
例へば

以上

〔明治三十三年一月十五日「教育公報」第二三一号所収〕

〔付〕 明治三十三年十月帝国教育会国字改良部 国語国字に関する決議

○ 国字改良部仮名決議

片仮名平仮名共に用ふること
仮名の字形に変革を施さず(活字を横広く作るなどは此限にあらず)
同音の仮名に数種あるを各一種に限ること左の如し
    あいうえお        アイウエオ
    かきくけこ        カキクケコ
    さしすせそ        サシスセソ
    たちつてと        タチツテト
    なにぬねの        ナニヌネノ
    はひふへほ        ハヒフヘホ
    まみむめも        マミムメモ
    や ゆ よ        ヤ ユ ヨ
    らりるれろ        ラリルレロ
    わゐ ゑを        ワヰ ヱヲ
    ん            ン
ゐゑをノ三字ハ本音 wi we wo ヲ写ス時ニノミ用フ(ゐゑをノ音ノ既ニいえおトナレルモノハあ行ノ仮名ニテ写ス)
拗音は二字の右に短き線を引きて記す「き_や」「し_ゆ」「ち_よ」「シ_ユ」「チ_ヨ」の如し
促音は「ツ」字を右へ寄せ小さく書きて記す「おッと」(夫)「ホッス」(欲)の如し
「ちゝ」「はゝ」「やま〳〵」等の略符は印刷物には用ひず筆にて書くには妨なし
長き音を写すにはあいう(アイウ)を用ひ二字の右に短き線を付く「か_あ」「き_い」「く_う」「け_い」「こ_う」「カ_ア」「キ_イ」「ク_ウ」「ケ_イ」「コ_ウ」の如し
従来の仮名遣を廃し一切発音の儘に写す但し動詞の「いふ」「おもふ」「いはふ」「わらふ」「たたかふ」の類は「いう」「〈於〉を字母とする異体仮名もう」「いわう」「わらう」「たたかう」と記す
従来の字音仮名遣を廃して発音の儘に写す例へば「キヤウ」(京)「キヨウ」(興)「ケウ」(教)「ケフ」(夾)等すべて「キ_ヨ_ウ」と記す
文は言文一致なるべきこと
十一
文中の用語には成るべく字音の語を避くること
十二
文をば縦に記すこと但し或る場合には左より右に記すも妨なし
十三
単語と単語とを離す
十四
固有名詞は太き仮名を用ひて区別す
十五
文の頭には太き仮名を用ふ
十六
句読の点には「。」及び「、」を用ふること
十七
一語が二行に分るゝときは前の行の終に(=)符を附す

因に云ふ右「仮名決議」は去る七月八日の臨時総会に於て決議し更に委員を選んで字句の修正を之に一任し委員は同十五日字句の修正を了したり然るに九月十一日の臨時総会にて又委員を設けて再調査に附することとなり委員は仮名の字体の中にて「〈之〉を字母とする異体仮名」「〈毛〉を字母とする異体仮名」を改めて「し」「も」となし教則大綱の字体と一致せしめたるものなり

〔明治三十三年十月十五日「教育公報」第二四〇号所載〕

底本 : 吉田澄夫/井之口有一編「明治以降国字問題諸案集成」(pp.945-950.)
Last updated : 2005-10-26
猪川まこと
snob@s1.xrea.com