お題小説

『冬の日』

曇天。ゆるゆると雪が降つてゐる。郊外の一軒家に続く一本道。傘の上に降積る雪、ちやつぷい、ちやつぷい。しゆるる、とこれは「もの」が雪の上を這ふ音。だけど女はまだ、気附いてゐない。

そして、気附いた時にはもう遅い。(なにかゐる)さう思つて振り返つた、と、「もの」に足を掬はれて、パタリ。

それは「もの」。千疋のミミズが背(せな)を這ひ廻る触覚。けれど、ずつと長い、引摺る感覚。口を開く。声をあげようとして、その間もなく、「もの」が、波打ち雪崩れ込んでくる。「もの」は、少しでも、あたゝかい処へ、あたゝかい処へと、動く。「もの」は細長い、一本の筋。何千何万と雪の中から這ひ出て来る。暖を求めて撫で廻す。穴といふ穴、隙間といふ隙間に這入りくる。

蝟集する、蝟集する。蔭翳(ほと)に溜まる。蜷局(とぐろ)を巻いて、優しく嘗める。(くるしい、くるしい…)

「もの」の動きは止む事を知らない。意識の轟音は最高潮に達し、そして、潮(うしほ)は静かにひいてゆく。ホワイト・アウト――

又の日、女はまたやつてきて其処に身を臥せる。 もう、なにもない。