草稿

『びるぜんさんたまりあ』

いづれの世いづれの国とも知れませぬ、一人のうら若い娘がをりました。娘は大層信心が篤く、いづれ何処なりの教会に奉公せうものと願うてをりましたが、其の時代と申しますのは酷く人気が悪しく一体に世の人の風俗は乱れて、尼僧院とてもその風に別ならず、院は廓と化し尼僧等は皆売笑婦に変じて醜業に精をいだし、此の風に染まらぬ数尠き尼僧院は横行する蜚賊等に襲はれ一院の尼僧凡て孕んでさりながら此の御宗旨は胎児の中絶は固より避妊すら断じて認めはせぬものゆゑ尼僧等は涙して子を生み襁褓の濡れたのをむづがり又母の乳首含みたやと泣喚く幼子どもを育てねばならぬといふ有様でございまして、流石に信仰の堅い娘も之には懼れをなし思案して、躰つきの仲々に少年めけるのを幸ひとして長き黒髪をふつつりと断ち、修道院に這入ることゝ致しました。修道院裡とて淫風の吹荒んでをることには変りはなく、娘の見目かたちの美しいのに眼を著けて言寄る者も多うございましたが、娘が黙して衣のひまから、清らかな二つの乳房を、玉のやうに露すと修道士等は皆「原罪の源エヴァの、罪深き、穢れ多き娘よ」と十字を切つて立去るのでごさいました。腐れを極めし修道院士等は「レビ記」第廿章十三節にかたく誡められ犯すものは殺さる可しとされた、女と寝るやうに男と寝ることのみを専らとしてゐたのでしたが、兎も角もそれに由つて娘の貞潔も守られてをつたのではございました。けれど固より精汁の臭ひ立罩る修道院も娘の安息の地であらう筈はありませぬ、とかうする程に、娘は世カラ逃ゲテ清浄ノ地ヲ求メタノガ間違ツテヰタ、コノ厭ラシイ世界ヲ消スニハ、唯眼ヲ閉ヂテ了ヘバヨイノダ、と気づいてそれより常に眼瞼をきつく降して明りを捨て暗い部屋のなかで祈祷を唱へ続けてをりました。瞼の裏で娘は稚き頃垣間見て了つたちゝはゝの姿を憶ひだしました。父は荒ぶる形相して母を上から責めつけ、母は父の下で藻掻きけれど逃げようとするでなく卻つて脚を父の腰に巻きつけ顔を歪めて毛物の如き奇声を発してゐる、その姿が幾度となく去来するのでございます。長ずるに及んであの姿の意味を知り是を経ねば人の子は生れ得ないと識つた時から娘はこれこそ神の人に科したる原罪だと信じ、まして此所業を快楽とするのは悪魔の幻惑に過ぎぬ物と思うてまゐりました。敢テ言ヘバ必要悪ナノダ、子ヲ成ス為メ丈ニスルベキナノダ、余計ナモノヲ眼ニセヌヤウニ、異性ト触レル淫ラガマシサヲナクスル為メニ、各々ガ白イ袋ヲスツポリト被ツテ、袋ニハ性器ノ所ニ丈穴ヲアケテ、男ハ可及的速ヤカニ射精ヲ済マセ、ソレデ仕舞ヒニスレバイヽデハナイカ。娘は瞼の裏のちゝはゝに白イ袋を被らせました。二人の蠢く様は搦みあふ蛆虫見た様であんまりにおぞましう大層いやらしうて、娘は死ぬ程可愧しく感じて暗がりのなか頬を薄く赧めて、何時迄も跼つてをりました。(畢)