『嫦娥の頌』
皎皎たる月の光てらす古城の石畳。
闃として、衣擦る音もひたひたと響き亙れる廻廊に、戛然たる跫音。きざはしを一歩々々ふみしめる白鬚の老僕、白金の盆を、ちやうど今宵の月のやうに蒼白くかがやく大皿を、捧げて歩みてをり。
皿のうへには三つの頭。まぐわしの稀世の乙女、婉然と、脣に微笑み含み並びたり。汚れだに知らぬ紅顔嬢子の、いましがた、素首はねられ切り口を、蜜蝋以て封されし頚。一は下げ髪一は三つ編、あとひとつ、御髪束ねてしりへに垂らせる、ポニー・テイルと後の云ふ。
或る時襤褸まとひし老婆、城の女主人に告げて曰く、「とびきり美しい満月の晩に嫩き乙女の脳漿啜らば、その美なほ千載保つこと必定なり」と。
今宵は、それより初めてのとびきり美しい望月の晩。それゆゑ老いたる僕、若き処子の首運ぶ。それ故、女主人、月の出とともに頬が紅潮し切なげに乳房盛り上つて淫楽の予感に酔ひしれる。
往古、支那の仙女、千年に婀娜たらんと慾し仙丹服す。しこうして、姿変じて蝦蟇と為り、とこなしへに月にその影とどめおかれたり。
月皓々として、沈黙のごとく黝き髪を濡らす。