お題小説

『偲ぶ衣』

朝の冷気がまだ残つてゝだけど日差しのうらゝかな秋の午前、そつと颯と男子更衣室に忍びこんで、汗の臭ひに一寸辟易しちやふけど、彼の脱棄てた制服、棚の中さがし始める。男の子たちは体育の授業中、バスケット・コオトの中を、駆けまはる跳ねまはる「きつと脊中に翅が生えてるんだ天使みたいに、だつて足が殆ど地面についてないんだもの」つてくらゐ。毎時もならみんなと一緒にキャーキャー云つて応援したり彼のゼッケンの下の肩胛骨の微妙な動きを観賞したりしてるでも今日はそんなギャラリイを抜出して、やつと見附けた、彼の服。彼はあんまり脊高くないしすつごく花車で、だから彼のこと男女(をとこをんな)みたいに言ふ人もゐるけどそんな事ない、全然。私の服、脱いで、パサッばさツと床に落ちる。ズボンを穿いて、上着の釦、全部掛けられるんで何だか切ない。

ぎゆツと自分で自分を抱きしめる。すつごく昂揚してる。うゝん、彼が私を抱きしめてるの。さう思ふと安心する、安心すると眠くなる、さうだ寐ちやへお午睡しよう、と思つて私は静かに眼を閉ぢる。

「お休みなさあい」

「佳い夢が見られますやうに……」(畢)