詠題掌篇

『身体髪膚受之父母不敢毀傷孝之始也』

生れて初めて(といっても稚い頃は又別だろうけれど、)男の人の前で素っ裸になってそれはいくら部屋の明りは落してあるとはいってもやっぱり随分と面映ゆくて躰も火照っていたのが今はもうその昂奮も冷めて何だか肌寒いものだからシーツを蹴ったぐり寄せて引っ被った。ベッドで丸太ん棒みたいに横になってたら後は男の方でみんなやってくれる、いい気持にしてくれるものだと思ってたのにそうじゃない。あんまり男が何にも(二人切りで居るのに)してこないものだから(sexをするんだっていう暗黙の諒解は感じられるんだけど)ちょっと横着だったかなあって反省して自分から服だって脱いだのにまだ何にもしてこない。まさかこれで、今更服を脱がせてく過程が楽しいんだなんて云うなよおとか思ってたけど好い加減男は部屋の角に蹲ってる。流石にもうこっちが怠慢とは云へないだろうこのまんま「いくじなしっ」て面罵して立去ったって構わない筈だ。

男はなにか呟いているのだった。耳を傾けるとどうやら「女は俺の成熟する場所だつた。書物に傍点をほどこしてはこの世を理解して行かうとした俺の小癪な夢を一挙に破つて呉れた。」とか云っている。

「ヤあだ、何それ」

「小林秀雄」

「『無常といふ事』?」

「うゝん、『Xへの手紙』。なんか唐突かも知れないけど、けふ一日附合つてゝほんとさうだと思つた。相手は生身の人間で、匂ひがあつて体温が伝はつてきて重みがあって感触もあって」

「怖い?」

「さうぢやなくて。なんて云ふか、是迄は女は人間として感じられてゐなくて唯性欲の対象として見てゐただけでそれは内攻して処女性と娼婦性といふ二つの観念に帰着してだから性愛といふのは結局その二つの観念を弄ぶ自慰に過ぎなかつたしそれでいゝんだと思つてた。この世界は独我だから、自分が認識するからこの世界は存在するんだつて思つてたから。

「だけど、この世界は自分一人ぢやないつてけふやつと気が附いた。自分に自我があると思ふ時には同時に他人にも、人間一人々々に当然自我があるんだと思はなくちやいけなかつたんだ。独我で自分中心に世界が廻つてゐるだなんて事ある訳がない」

男の告白を聴いてるとこいつなかなかいじらしいじゃないかと思えてくる。

「頭でこれだけ納得するのに今迄かゝつた。だけどまだ躰で感得できてゐない。このことを教へて呉れたのは君の身体的諸属性だつていふのに。何だかまるで夢見心地で、今一つ感覚に信が置けないやうで」

それはこれからベッドの上で分ればいいんだ、とこっちが聊か勇ましい感想を抱いているところで男は金輪を取出してきた。だから此のピアスを嵌めて君の身体をしつかりと把捉しておきたいとかなんとか云う声がする。

だけどそれは〈かなわ〉だ。断じてピアスではない。

* * *

女は抗ふ態を見せたが男の力には所詮敵はなかつた。男は女の躰を捩ぢ伏せ金属の環を以て其の右の乳首を貫いた。腥い臭ひが拡がつた。(畢)