詠題掌編

『人魚(承前)』

その後はすつかり疎遠であつた其の女から白い小包が郵送されてきたのはつい此間の事だつた。無論差出人の名を見て感慨をもよほさないぢやなかつた。けれど夫以上に何を送附けてきたのか、心当りが無いのだつた。素気ない包裹を毟り取ると、恆に彼女の声と共に想起される或キャラクタが蓋のうへに愛くるしく微笑んだタッパアが出た。開けると中に幾百の魚卵が納まつてゐた。ああさうだ、仮令禁錮の憂目を見ても卵をうむことは出来たのだ。勃然と吾が陰茎のおへかへるのを覚えた。さやさやと夫を擦りたて、彼女のことを懐ひ乍ら放泄した。卵に掛けて孵るのを待つた。其卵は瑠璃色ではなかつた。

孵つたのは二疋。マンバウではなくて人魚だつた。金魚鉢の中に游ぶ彼女等を見て、私は人魚は不老長生の妙薬なのだと憶ひ出した。二疋もゐるのだから、と思ひ一疋摘みあげて踊喰ひにした。喉でぴちぴちと跳ねて、俄に心身に清新の気の漲るのを感じて鏡を覗いた私は、老醜無残の面を其処に認めた。凡俗の精を用ゐたのが悪かつたのだと暈(ぼんや)りと諦めた。諦めるより他ないのでした。

もう一疋はバスタブにいつぱいのおほきさに迄育つた。練絹のやうな白い膚むつちりと肉(しゝ)乗り豊かな脚、鱗の綺羅と耀く上半身。もう怺へられなかつた。老いた身に宿る渾ての力を振ひ彼女をバスタブから抱へ出し、床に組伏せた。彼女の下肢は悦びにうち震へてゐたが、眼は相変らず見開かれ利き歯は剥出しの侭だつた。でも、もう怯えはしない。美事媾曳を果し精気尽き、吾が枯死したる躰も亦床に横たはつた。彼女の口が、私の顔の傍らパクパクと動いてゐた。(畢)