お題小説

『見鬼譚り』

師走の末、久方ぶりに街に出た私は、然し行交ふ人間どものあまりの生ま生ましさに堪へかねて家路を急いだ。其の途次、陰鬱な霊苑の門前、蕭条と降続く冬の雨に、身を濡れるに委せて彳んでゐる彼女に出逢つた。何を思ふてか、彼女は夏服を著てゐた。「天降りけむ、美神の俤しぬばるる」と覚えず呟いて駈より、傘を差掛けた。彼女は入る事なく、けれど私の勧誘を容れて私の家にやつて来た。何より、あのうつたうしい、吐気をもよほさせる胸の脹みが彼女には無かつた。だが、彼女はその、胸が薄いことを気にしてゐるのか、私が彼女を寝台に押たふし、彼女の胸に頭を当て、「胸が小さいはうが、それだけ君の心に近くていゝぢやないか」と言つた時、果敢無い淋しさうな笑みを浮かべた。「君は綺麗だ。僕らは、あの胸のふやけ具合を競ひ、その勝る者をより良きものとする愚昧の輩とは無縁だ」私は、指を彼女の下腹に遣り乍ら、更に続けた。「君は綺麗だ。僕らは、不遜にも己が生ばかりを突出させんと策謀する頑迷の徒とは無縁だ。君は美しい。君の肌は何て皎いんだ。雪花石膏のやうに、清冽な月光に照らされた奥津城の下の永劫の静謐にねぶる屍のやうに皎い」私がさう言ふと同時に、是迄陶然と喜色を湛へてゐた彼女の顔容に俄かに怯えの色が走り、そして、彼女の躰がふツと掻消えた。その跡、潤つたシイツのうへに屍蛆が一匹匍つてゐた。(畢)