お題小説

『鉄柵物語』

それは此の都城の一劃、不断から物静かな権門富家の豪邸が贅を争つてゐるのですが、わけても早朝、霧のたち罩めて、宏漠と寂しい園を繞らせた鉄柵が仄黒く浮かんで見える頃、なほ一層森として、内に嫩者が彳んでゐるのです。瓦斯燈の陰から乙女がたち出でゝ頓て二人は、会ひ度かつた、と囁きかはすのですが、人目を忍んだ恋人たちの逢瀬のあひだには巌畳な鉄柵が聳え立つてゐるのでした。乙女は、街路の石甃に跪くと垣間から繊手を挿しいれ下穿きをまさぐり嫩者の逸物を引出して、そつと接吻けました。柔かな脣で銜えこみ、一きは巧みな舌のはたらき、嫩者は両手に鉄柵を確乎と握りしめて、あゝあゝ、と情けない呻き声を洩らすのです。身震ひして乙女のかほに精液を放泄し畢ると、頬を、耳朶を、朱に染めて、顫える声で斯う云ひました。是は娼妓の業だ、君は、二度として呉れるな、と。

「あなたならきつとさういふと思つてたでもどうしてだろなみだが出ちやふよ」

嫩者は其の場に頽れたのですが、感傷にしがみつく間もなく館から男妾に朝のお相手を求める声が響きました。乙女は、夥しく顔容にへばり着いた尾篭な白い凝りを拭ふでもなく来た道を復た戻つてゆくのです。其の眸は、払暁の光が狭霧を濛々と撹乱すのを唯暈りと映してをりました。(畢)