お題小説

『墮河而死』

子供たちは夜の住人と云つたのは誰だつたでせう、四囲をすつかりま黯の紫冥が掩つて了つた頃坊やは目を醒まします。何処からかハープを爪弾くやうな音が流れて来ました。坊やはもんどり打つて起き上ると戸をくゝり抜けてお家の裏手へと出てきます。お池の水面には微かに漣たつてまんまるなお月さまをゆらめかせます。音はお池の向かうから、人影認めて坊やが「おゝい」と呼ばゝると、どうやら女の人でした。女の人は腰から下に薄絹を巻いてゐるだけでした。「なんの音」と尋ねると「箜篌です」と。「何してるの」「淵にはまつて了つたあの人が浮かびあがるのを箜篌を弾き乍ら待つてゐます」「こつちにおいでよ」坊やがさう言ふと女の人はざんぶざぶとお池を渡つて来ました。濡れた紗の布がぴつたりと下肢に纏はりついてまるでお母さんがパンティストッキングを穿いたゞけの時のやうでした。だけど此の人はお母さんみたいにむちむちとしてゐないしあのいやらしいひだひだも無くて坊やはすつかり嬉しくなりました。坊やが抱きついて行つてもあの饐えた臭ひはしません。女の人がにつこり笑つて、坊やが目を凝らすと薄帛のむかうに一本の線が見えました。お気にいりのティーカップに這入つて了つたあのひゞのやうな、仄かな一条の筋。と(「あの人」もこの中に飲み込まれてしまつたんぢやないか知ら)と思つて、坊やは静かに失禁しました。(畢)