対話篇
『A感覚とP感覚』
- A
- 今回のお題は「理想のお姉ちゃん」ださうですよ、師匠。
- P
- さうかい、それぢやあまづ「お姉ちゃん」のはうを考へてみよう。
- A
- はい。
- P
- と云つても、「お姉ちゃん」つて、何なんだらう。
- A
- はあ?
- P
- いつものことだけど君は言葉に対して鈍感だねえ。
- A
- はあ。
- P
- 少し吟味してみようか。「お姉ちゃん」と呼ばれてるものを篤と見て御覧。君もよく知つてるだらうけど、僕らが恐らく絶対に言ひやしなかつたことを僕らに云はせようとしてゐる、而も「自信」と「自身」の見分けもつきやしない愚かで下劣な男がさ、無暗に崇め奉つてゐる『月刊お姉ちゃんといっしょ』にしても、或は『制服のお姉さんが教えてあげる』の類にしても、それこそこの現象世界に生存してゐる「お姉ちゃん」とやらの一人一人を仔細に眺めてみると色色様様だね。凡て大なり小なりどこか異つてゐる。そして僕らはそれを全部引つ括めて「お姉ちゃん」と云つてゐる。
- A
- それは師匠、「お姉ちゃん」といふのが血族間に於て、年齢では妹と、性別では兄とそれぞれ対立関係にある位置のことを、またひろくそれに該当する蓋然性のある妙齢の女性のことを意味する符牒だからではないでせうか。
- P
- さうだね。だけどどうだい、僕らがさうした符牒を機能させることが出来るとのは僕らが全員理想の、詰りはイデアとしての「お姉ちゃん」を予め、この世に生れる前から知つてゐて、この世で「お姉ちゃん」に類するものを眼にするとそれを想ひ起すからぢやないかな。
- A
- またイデアですか。師匠も懲りませんねえ。知覚のシステムをさう仮定なさるのは御勝手ですけど、私達が未生以前に経験したといふイデア界の存在は実証が可能ですか。私にはさうは思へないのですが。
- P
- 物質的には糞尿の詰つた肉塊でしかないものをだよ、僕らが「お姉ちゃん」だつて知覚してるのは、僕らがイデアから来た意味を附与してといふか、イデアの俤を重ねあはせてその肉塊を見てゐるからに他ならないぢやないか。
- A
- 糞尿の詰つた肉塊、つていふのはちよつと、
- P
- だつて実際さうだよ。大体かろがろしく「理想のお姉ちゃん」だなんて口にしちや駄目なんだ。理想と一言云つた途端にそれはイデア界の問題に足突つ込むことになる。理想つていふのはイデアのことなんだからね。だけどこの世にあつてはイデアを直かに眼にすることは出来ないんだからさ。
- A
- 「理想のお姉ちゃん」つていふのはどんなものなのでせうか。
- P
- でも、みんなそれを画いたり書いたりしてくる訳だらう?
- A
- イデアの冀求ですね。
- P
- とんでもない! この世はイデア界から見ればできそくないに充ち満ちてゐる。だのに芸術家といふ連中はその出来そくないの現実世界を更に摸倣する。この世に在る形をいくら巧緻にしたところでそれがまたこの世にあらはされる限りは到底イデアには到達できないといふのが道理ですよ。莫迦莫迦しい限りだね、全く。
- A
- それで哲人王しろしめす理想の「国家」からは詩人を追放せよ、とくる。
- P
- うん。
- A
- だけど追放といふのは極端ですよ、第一辛苦精進して投稿なさる他の方方に失礼ぢやありませんか。
- P
- それぢや君の「理想のお姉ちゃん」つていふのはどんなだい。
- A
- わたくしが「カタルシス」といふことを唱へたのはよく知られてますね。
- P
- 君が唱へたのはたいして知らんだらうけど「カタルシス」つていふ言葉は割とよく広まつてるね。だけどあれや下痢つてことだろ。
- A
- えゝ、芸術家は何も追放さるべき存在ではありません。彼等は有益ですよ。芸術が二段階劣つたイデアの摸倣だとして、それが下らないものだからこそ、それを摂取することで既に体内に這入りこんでゐる毒物を誘引して一緒に排泄させる、詰り「カタルシス」です。「理想のお姉ちゃん」といふのもそんなものですよ。下剤に過ぎません。
- P
- ハヽ、下剤たあ言つたね。それや君の方がよつぽど失礼な話だ。でも、腹下しちまつて一体何が残るんだらうねえ。
- A
- 師匠、何も残つちやゐやしませんよ。芸術は唯空虚のみです。そして悪を去つてすつきりした良民を作る訳です。
- P
- ふーん、良民で空つぽねえ。それも可哀想なことだねえ。(畢)